「クローン病になりきる」―言語聴覚士として働くワーキングマザーの決意
ライフ・はたらく | 2023/7/10
今回ご紹介するのは、クローン病のみずきさんです。妻として、母として、そして言語聴覚士として慌ただしくも充実した毎日を送っていた矢先にクローン病を発病。体力が続かず以前のように働けない、家事や育児が思うように進まないという苦い経験を乗り越え、彼女が見つけた「新しい世界」とは?
みずきさん(31歳/クローン病歴1年)
このストーリーのあらすじ
子どもと公園に行くたびに発熱。謎の症状の正体は「クローン病」だった
――クローン病と診断されるまでの経緯を教えてください
2020年の冬頃から、子どもと休日に公園に行くと熱が出るようになりました。でも、翌日になると熱は下がるし、暖かくなってくるとその症状も消えたので気にしていませんでした。夏になると、今度はたびたび下痢するようになりました。それも腸炎とか季節性のものだと思い、放置していました。ところが、秋になって冷え込んでくると、また熱が出るようになったんです。ちょうど新型コロナが流行していた頃で、少しでも熱があると職場である病院に行くことができなくなってしまったため、休職することになりました。
限界を感じて近くの病院を受診しましたが、そこでは診断がつかず、紹介先の病院で内視鏡検査を受け、クローン病と診断されました。それが2022年の1月です。ところが、その病院では「患者さんが多過ぎてうちでは診られない」と言われてしまい、大学病院を紹介されました。
――大学病院に行ってからはどうでしたか
前の病院では何も指導されず、ミヤBMを処方されただけで、食事もほとんど取れないような状態でした。先生からは「お子さんがいるから強制はできないけど入院して欲しい。一度考えてみて」と言われました。夫は医療職でクローン病のことも知っていたので、入院を了承してくれました。
入院は4週間の予定でしたが、4日目に娘が熱を出して嘔吐もしてしまったんです。それまで夫がずっと一人で育児を頑張ってくれていたのですがパニックになってしまって、両親もコロナ禍で手伝いに来られないとのことで、4日で退院することに…。子どもがいつ回復するかわからなかったので、一時帰宅というわけにもいきませんでした。入院中に小腸造影検査までは済んでいたので、その情報をもとに内服治療を開始しました。ミヤBM、ペンタサ、ゼンタコートを使いました。退院1か月後にはステラーラも開始しました。
見た目ではわからない病気であるがゆえの苦悩…職場の理解を得られず退職を決断
――その後、お仕事には復帰されたのでしょうか
休職中に、お試し出勤みたいな感じで週に数回事務仕事を手伝いながら復帰に向けて頑張っていたのですが、体がついていかないし、それを職場の人に話しても伝わらないもどかしさがありました。久しぶりに会った人も「元気そうやん!」って感じで…。難病といっても相手の目に見えるものは何もないですし、産業医にも相談しましたが悩みの解消には至らず、だんだんしんどくなってきて退職することにしました。体調面もありますが、どちらかというと職場の理解が得られなかったということの方が、辞めた理由としては大きいかもしれませんね。
――もし職場に復帰していたら、以前と変わらず仕事をこなせていたと思いますか
無理だったと思います。リハビリ専門病院で働いていたのですが、1人の患者さんに対して1時間のリハビリを休憩なしで行います。私の担当は脳血管疾患だったため、コミュニケーションが取れない人がほとんどで、精神的なエネルギーをすごく使います。これを以前と変わらないペースで続けていくのは、正直厳しかったと思います。
再就職の大変さを経験。いろいろな方法を試した結果、再び「言語聴覚士」として就職
――退職してから1年も経たないうちに、再び働こうと思ったきっかけは何ですか
共働き前提の人生設計をしていたので、働かないという選択肢がありませんでした。まずは休職中の傷病手当の金額を基準に、それ以下にならない働き方を考えました。いざ調べてみると、アルバイトで同等に稼ぐにはフルタイムで働く必要があることがわかり、言語聴覚士の資格を使って働くことも視野に入れて正社員で働ける仕事を探し始めました。
まずは転職サイトに登録して、エージェントさんに相談してみました。すると「エントリーシートはたくさん出す!面接に進んだら、できる限り多くの内定をもらう!」とか、医療職の就活と全く違ってびっくりしました。このやり方は自分には合わないと思い、次に行ったのがハローワークです。この時は事務職を探していたのですが、なかなかタイミングが合わなかったりして、最終的には言語聴覚士として働くのが一番自分に合うし、やりがいもあって、お給料も良いということに気付きました。
そこからまた1から仕事を探し始めました。ネットの求人サイトを見て、気になるものがあったら、見学に行くなどして念入りにその施設のことを調べました。結局、1社目がすごく自分に合っている感じがしたのでオンライン面接を受けて、採用していただきました。クローン病のことはまだ伝えられていません。今は体調が落ち着いているので、いつかタイミングが来たら伝えようと思っています。
定時退社は必須!病気を持つ人たちの気持ちを理解できるのはクローン病になったから
――以前と働き方は変わりましたか
今は、特別養護老人ホームで働いています。医療と介護では、雰囲気、リハビリのやり方、考え方が全く違うので、まだまだ模索中です。ただ、以前に比べると快適に働くことができています。
昼食は毎日、梅おにぎり1個、ゆで卵1個、バナナ1本にしています。食堂はありますが食べられないので、朝に簡単に用意ができて、満足感があって、体調の変化を捉えやすいようにと思い、完全に固定しています。
また、仕事が好きで、すぐに何かやりたくなってしまう方なので、定時退社するように心がけています。仕事の休みも夫の夜勤明けのタイミングに合わせるなど、自分がいかに体を休められるかを中心に考えるようにしています。
――クローン病での経験が仕事に役立っていると感じることはありますか
敷地内にあるクリニックの物忘れ外来で、認知症の初期症状がある人の検査などを行っています。その中には物忘れなどが原因で、失業してしまった人もいます。でも、本当はそこだけフォローしてもらえれば働けるんですよね。
それは私も同じで、知識も経験も同じなのに、体力がないというだけで他の人と同等に働けないという経験をしました。よく、病気だから無理しないでなどと言われますが、「病気だからこそ、社会の一員でいたい」というのが、多くの人たちの本音ではないでしょうか。本当は必要なサポートを得ながら、みんなと同等のお給料をもらって初めて自分を承認できると思うんです。病気になったのは誰のせいでもないのに、本来の能力に見合った社会的な立ち位置を、病気というだけで失ってしまうというのは悲しいですよね。病気を持つ人たちの気持ちを理解できるのは、私自身がクローン病になったからこそだと感じています。
――子育て中のIBD患者さんから仕事について相談を受けたらどのようにアドバイスされますか
子どもがいたりすると、自分ひとりの問題では片付けられない部分がたくさん出てきます。IBDは精神的な不安も体調にすごく響いてくると思うので、「他の人より少し先のことまで考えて仕事を探した方がいいよ」と伝えると思います。
「クローン病になりきる」ことで、新たな世界が広がる
――妻として母として、家族への思いをお聞かせください
体調が落ち着くまでは本当にしんどくて、子どもや夫にあたってしまうこともありました。夫は私が入院した時に、家事とか育児の大変さを少しわかってくれたみたいで、帰った時に「今までごめんなさい」と言ってくれました。当時は電動自転車を漕ぐ力もなくて、子どもにいつも「ママ何でそんなに遅いの?」と言われていましたが、今は「ママ速~い!」と言ってくれます(笑)。本当に家族にたくさん支えてもらっているので、夫と子どもたちに「ありがとう」って伝えたいですね。
――IBD 患者さんにメッセージをお願いいたします
『いのちの初夜』という、らい病(ハンセン病)をテーマにした小説があるのですが、その中に「とにかく、らい病に成りきることが何より大切だと思います」というセリフがあります。これを読んだときに、私もクローン病になりきろうって思ったんです。「クローン病だから、定時退社します。夫がいない朝は休みます」って、割り切ることが大切なんだと。
そもそも、病気を受け入れることに抵抗がある自分の中に「無意識の差別」があるのかもしれません。そうだとすると、不安を生み出しているのも自分自身なのかもしれないですよね。なりきるってすごく難しいですが、IBDを自分のアイデンティティとして一度受け入れてしまえば、新しい世界で生きていけるような気がしています。
(IBDプラス編集部)
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