クローン病の自分と向き合う―総合格闘家・征矢貴選手が復活KO勝利を収めるまで
ライフ・はたらく | 2019/11/26
今回お話を伺ったのは、総合格闘家として活躍されている征矢貴(そや たかき)さんです。征矢さんは2017年9月にクローン病と診断され、約2年間、格闘技のリングから離れていました。しかし、2019年6月のRIZINで電撃復帰。格闘家としては絶望的な2年というブランクを跳ね返し、見事復活のKO勝利を収めました。現在は、次の試合に向けて、クローン病と向き合いながら日々トレーニングに取り組んでいます。
征矢さんは、どのようにクローン病と向き合いながら、過酷な格闘技の世界で活躍し続けているのでしょうか?クローン病を発症した当時の様子から今後の目標について、お話をお伺いしました。
征矢 貴(25歳/クローン病歴2年)
17歳でプロデビュー、順調にキャリアを積む中で突然のクローン病発症
――総合格闘家を目指したきっかけについて、教えていただけますか?
征矢さん: 幼い頃の自分は、ぜんそくなどを患っており、病院によく通っていました。その一方で、外で遊ぶことが好きで、ウルトラマンや仮面ライダーなど「強い存在」に憧れを抱いていました。中学生までは野球少年でしたが、プロレスが大好きで、アメリカのプロレスをテレビでよく見ていたんです。中学3年生の夏に野球部を引退した後、近所にあった総合格闘技のジムに入門しました。そこが今でも通っている、パラエストラ松戸です。
総合格闘家を志したきっかけは、初めて総合格闘技の試合を観に行ったときに、その格好良さに衝撃を受けたからですね。「頑張ってプロになろう!」と決意し、高校ではジムでの練習に明け暮れて、17歳の時にプロデビュー。これは、当時の所属団体では最年少記録だったと思います。
――それから約5年間プロとして活躍され、2017年9月にクローン病を発症されたんですよね。その時の経緯を教えていただけますか?
征矢さん: 実は、18歳で痔ろうを患い、20歳の時に手術を経験していました。「若い人の痔ろうは、クローン病が隠れている可能性がある」と医師から説明を受け、手術の際に検査もしましたが、その時は異常がなかったんです。まさか、それから数年後にクローン病になるとは、夢にも思いませんでした。
クローン病を発症した当時は多忙で、3〜4時間程度の睡眠時間で格闘技の練習とスポーツジムのパーソナルトレーナーの仕事を両立させていました。今思うと、相当身体を酷使していましたね。こういったストレスも、発症に関連していたのでは?と思います。最初の症状は、腹痛と体調不良でした。また、便意があるのに少ししか出ないので1日にトイレへ十数回は行っていたと思いますし、微熱も続いていました。
その後、2017年9月に病院で大腸検査を受けてクローン病と診断されました。自分がクローン病だとわかったときは、最初、ピンとはきていなかったと思います。医師から「薬で治療したら大丈夫」と言われて安心し、病気に対して少し軽く考えていたのかもしれません。
治療は、最初ペンタサのみでしたが、10月頃から体調が悪化し入院。絶食し、ステロイドによる治療も行うようになりました。当時はステロイドによる治療後に、すごく体調が良くなりました。今振り返ると、当時は医師の言われた通りに動くことで精一杯で、自分では何も考えられていなかったと思います。
クローン病を公表し休養を決断、家族のサポートに救われたことも
――クローン病と診断を受けた直後は、どのように総合格闘技を続けようと思われましたか?
征矢さん: クローン病の診断を受けた直後は、「治療を続けながら試合に合わせて体調を整えれば、今まで通り戦える」と思っていました。あの頃はまだ若く、チャンピオンにもなっていなかったので、辞めることは全く考えていなかったですね。トレーナーやジムの仲間には病気のことを言っていたので、「体調には気をつけろよ」と声をかけてもらうこともありましたし、みんな普段通りに接してくれていました。それが、とても有難かったです。
――そういった中、Twitterでクローン病を患ったことを公表し、休養されることを決断されました。それには何かきっかけがあったのでしょうか?
征矢さん: 最初の頃は、無理にトレーニングをして体調が悪くなったら休む、ということを繰り返していました。しかし、次第に「こんな状況で試合に出るのは不可能だ…」と感じ、良いコンディションを作り直そうと考えを改めたんです。そのために、思い切って休むことを決めました。
また、身近に、肺がんを患いながらも奇跡的に回復したボクシングトレーナーがいて、その方に病気のことを相談したことも大きかったと思います。「公表することで自分自身も病気を受け入れられるから、公表した方がいいよ」とアドバイスをもらい、公表することを決意しました。
――復帰に向けて、どのように治療に取り組んでいきましたか?
征矢さん: 症状が悪化した時期は、ヒュミラによる治療を行っていました。最初は症状が改善されたのですが、使用する期間が長くなると前ほど効果がみられなくなり、医師から「別の薬に切り替える」「治験に参加する」といった選択肢を提案されました。それまで治療について自分から積極的に調べるということをあまりしてこなかったのですが、「このままではいけない」と思い、自分で納得して治療を受けられるように、治療について改めて理解する努力をしました。その結果、新たに大阪の病院への通院を始め、漢方薬による治療を受けることに。その結果、徐々に体調が落ち着いて行きました。
自分が納得して治療を続けられたのは、家族のサポートがあってこそでした。家族には、本当に感謝してもしきれません。金銭面もそうですし、大阪の病院まで一緒に行ってもらうなど、多方面で協力してもらいました。そのほかにも、さりげなく「何か食べたいものはある?」と聞いてくれることが嬉しかったですね。変に気を遣われるのは嫌だったので、さりげない気遣いが自分は有り難かったです。自分一人の力だけで、復帰できるまでの体調に戻すことは出来なかったと思います。
仲間の活躍を見て悔しさを感じながらも、徐々に自分を受け入れられるように
――2019年6月に試合に出るまで、約2年間のブランクがありました。振り返ってみて、今どんなことを思いますか?
征矢さん: 休養中、何よりも辛かったのは、仲間が活躍している中で、自分はいつ症状が良くなるかわからず、そして確実に年齢を重ねていくことでした。思うように練習できない焦りと悔しさから「症状が今より悪化して、もう復帰できないのでは…」とネガティブに考えてしまうこともありました。一方で、じっくり考える時間が増えたことは良かったと思っています。練習ができない分、どうやったら強くなれるかを考えたり、仲間の練習を見て勉強したりすることに集中しました。時間はかかりましたが、徐々に「何もかも受け入れるしかないな」と思えるようになりましたね。
そんな風に受け入れられるようになったのは、病気のことを相談したボクシングトレーナーの存在も大きかったです。格闘家やスポーツをしている人って、自分に厳しい人が多いと思うんですよね。ボクシングトレーナーに「自分を許してあげなさい」と言われて、少しずつクローン病の自分を受け入れられるようになりました。15歳から格闘技を始めて、強い人に憧れて一生懸命に練習してきましたが、「一度、全て手放そう」と決意しました。
プロの総合格闘家はランキングで評価されて、試合に出ないとそのランキングから外されてしまいます。本当は一日も早く試合に復帰したかったのですが、「当分は試合に出ず、治療に専念します」と周囲に宣言し、ランキングからも外してもらい、しっかり休むことにしました。
休養中は、ジムの仲間が試合に挑む姿を見て、自分も勇気をもらっていました。「いつか必ず、自分もリングに戻るんだ!」と、希望を捨てずにいられたのは仲間のおかげでもあります。そして、症状も落ち着いてきた2019年4月、「復帰したい」とジムのトレーナーに相談。医師からも「体調が良ければ試合をしていいよ」と言われていたので、6月にRIZINの試合で復帰しました。
休養を経て、総合格闘家としての変化も
――休養前と比べて、総合格闘家としての変化はありましたか?
征矢さん: 以前よりも「考える」姿勢が身に付いたと思います。対戦相手の試合の映像を見るなどして、相手をしっかり分析し、試合に臨むようになりました。それは、休養中にジム仲間の試合でセコンドについた経験からです。セコンドとして仲間に「相手が焦ったら打撃がこうくる、だからこうしよう」といったアドバイスを伝える中で、対戦相手の分析の必要性を実感していました。
また、以前は、いかに厳しい練習をするかに重点を置いていました。それが“強くなる近道”だと信じていたんです。しかし、今は、厳しいトレーニングをしながら、いかに身体に負担をかけないようにするかを考えています。例えば、以前はウエイトトレーニングに積極的に取り組み、身体に負荷をかけていましたが、今は初動負荷トレーニングという、負担をかけすぎずに身体機能を鍛える方法を取り入れるようになりました。短い時間で集中して練習を行うように、トレーニングのアプローチも変わってきましたね。
――そして、2019年6月の復帰戦(※)で見事な勝利を収めました。その時は、どのような気持ちでしたか?
征矢さん: とても嬉しかったです!しかも、RIZINという大きな大会での勝利だったので、今までのことは無駄じゃなかったと思いました。勝利後は、同じクローン病患者さんからもメッセージをいただくなど、とても反響が大きかったです。クローン病にならなければ、今まで通りのトレーニングを続けていたと思いますし、それが選手生命を短くしていたのかもしれません。また、物事を深く考える姿勢も身につけることができ、クローン病になって経験したこの苦しい2年間は、自分にとってかけがえのない財産となりました。
※2019年6月2日開催「RIZIN.16」 、1ラウンド4分5秒で征矢選手がKO勝ちした。
自分が頑張り続けることで、同じクローン病患者さんに勇気を届けたい
――無事に総合格闘家として復帰された、今の目標を教えてください。
征矢さん: クローン病を抱えながら格闘技を続けている人は非常に珍しいので、自分が頑張り続けることで、同じような病気を抱えている方に、少しでも勇気を届けられたらと思いますね。総合格闘技は、結果が全ての厳しい世界です。ファンの皆さんが認めてくれるような試合をして、これからも活躍し続けたいですね。年末に行われるRIZINにも出場できるよう、頑張ります!
――IBDでもスポーツを続けていきたい患者さんへ、アドバイスをお願いします。
征矢さん: 続けていくために大切なのは、「無理せず休む」ことだと思います。自分は、クローン病になる前の睡眠時間は3時間程度でしたが、今では7〜8時間とるように心掛けており、生活リズムが乱れないように気を付けています。睡眠時間と規則正しい生活が、何より重要だと考えます。そして、身体に負担をかけることだけがトレーニングではありません。厳しい練習する中でも、いかに自分の身体のケアをするかを考えてもらえたらと思います。
――最後に、IBDの患者さんにメッセージをお願いします。
征矢さん: 正直、格闘技の激しいトレーニングよりも、IBDと向き合っていくほうが、はるかに大変なことだと思います。そんな大変な中で、みんな頑張って治療を受けて、仕事や家庭のことを頑張っている人もいるって、本当にすごいことですよね。もしかしたら、IBDになった自分を責めてしまっている人もいるかもしれませんが、少しずつで良いので自分を許してあげて欲しいですし、自分と向き合ってもらえたらと思います。
(取材・執筆:眞田 幸剛)
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