一喜一憂しながらでも前を向く。潰瘍性大腸炎の若き消防士が描く未来

ライフ・はたらく2023/2/22

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※イメージ

今回の「仕事・はたらく」でご紹介するのは、潰瘍性大腸炎患者さんの次郎さんです。健康診断で初期の腎臓がんが発覚し、腎臓摘出手術を経験。その数年後に潰瘍性大腸炎を発病し、まだ寛解には至っていないそうですが、今も変わらず消防士・救急救命士として昼夜問わず出動し、尊い命を守ることに使命感を燃やしています。そんなハードな毎日を送る次郎さんに、お仕事の話を詳しく伺いました。

次郎さん(24歳/潰瘍性大腸炎歴2年)

高校卒業後、専門学校で救急救命士の資格を取得。地元の消防本部に採用が決まるも、初期の腎臓がんが判明し、腎臓摘出手術を受ける。術後は経過も順調で仕事に励んでいた矢先、体調を崩して入院。潰瘍性大腸炎との診断を受ける。現在は、寛解とはいかないまでも日常生活が送れるまでに回復し、日々、病人・けが人の搬送、火災時の消火活動などにあたっている。

念願の消防士に。そんな矢先に受けた「腎臓がん」の診断

――消防士を目指したきっかけを教えてください

最初は警察官か教師になろうと考えていたのですが、たまたま消防士の親戚に会う機会があり、消防に「救急救命士」という仕事があることを知り、人の命を助けるカッコイイ仕事だと思いました。救急救命士の資格は消防に入った後でも取れるということでしたが、知識をつけたかったので2年制の専門学校に入りました。授業は心臓マッサージなどの実技が多く、病院実習も1か月あり、救急で搬送されてくる人の処置を手伝ったりしました。

――潰瘍性大腸炎になる前に「腎臓がん」で腎臓を一つ摘出したと伺いましたが…

専門学校で救急救命士の資格を無事取得し、地元の消防本部の採用試験を受けたのですが「健康診断書」を提出する必要がありました。その際に受けたCT検査で、腎臓に腫瘍があると指摘されたんです。良性か悪性かの結果が出る前に採用が決まったので、半年間通うことが義務付けられている「消防学校」に通いながら連絡を待っていました。その後、初期の腎臓がんであることが判明。腎臓摘出手術を受けることになり、約1か月休職しました。

――病名を告げられた時はショックだったのではないですか

医師から「腎臓は1つでも生きていける」という説明を再三受けていましたし、ケガで手術も経験していたので、病気や手術に対する不安はあまりありませんでした。それより1か月近く離脱することで他の人に後れを取ってしまうという不安の方が大きかったですね。仲間と切磋琢磨して成長を実感していた中での「悪性」診断だったのでショックが大きく、辞めることも考えました。でも、消防学校の先生方が補講や補習でフォローしてくださり、同期の仲間と一緒に卒業することができました。

現在は1年に1回地元の病院で定期検査を受けているのみで、治療は特に何もせずに過ごせています。

消防士になって3年目に潰瘍性大腸炎を発病。周囲の人たちの優しさに支えられて

――その後、どれくらい経ってから潰瘍性大腸炎を発症されたのでしょうか

1年目、2年目は何事もなく働いていたのですが、3年目の3月の健康診断で血便を指摘されました。仕事に慣れてきて、いろいろ任されるようになり、とても忙しかったことを覚えています。あまり眠れず疲れも溜まっていました。人員不足という職場環境のストレスもあったと思います。その後もトイレで出血することが続いたので病院を受診したところ、大腸内視鏡検査をすることになりました。その時は「潰瘍性大腸炎という病気かもしれないけど、そこまで炎症がひどくないから少し様子を見よう」と言われ、特に薬も出されませんでした。

ところが同年の9月、外食が続き、疲れも溜まっていたせいか、おなかの調子が急激に悪くなりました。トイレで夜も眠れず、熱も出ました。コロナ禍だったのですぐに検査を受けましたが陰性でした。食べたらすぐ出てしまうような状態で寒気もあり、訓練中も全く力が入りませんでした。翌日になっても寒気が治まらなかったため、いつもの病院に行ったところ「炎症が重症化しているようだから、もっと大きい病院で診てもらった方がいい」と総合病院を紹介され、即入院となりました。最初の1週間は絶食し、その間に受けた大腸内視鏡検査で潰瘍性大腸炎と診断されました。このときは1か月程度入院したのですが、体重が11kgも減っていて驚いたことを覚えています。

職場の人たちはすごく心配してくれました。たまたま上司に奥さんが潰瘍性大腸炎という人がいて、その人が僕の入院中に、いかに大変な病気かということをみんなに説明してくれたようでした。本当にたくさんの人に支えてもらっていると日々感じ、感謝しています。

治療はこれまでに生物学的製剤をいくつか使いましたが、どれも効果が出ているか微妙だったので、今はJAK阻害剤を使っています。それでもまだ完全に良くなったとは言えない状態ですね。

誰かを救いたいという想いがあればIBDでも大丈夫。病気のカミングアウトは早めに

――お仕事の1日の流れについて教えてください

僕の所属する消防本部には3つの隊があり、1つの隊が7人で構成され、3交替制になっています。働き方は当直勤務といって、「8:30~翌日8:30まで勤務して、その日と次の日が休み」の繰り返しです。

8:30から朝礼があり、車両点検、朝の引継ぎ、訓練を行った後、昼以降にやることを決めます。出動がない時は基本的に、資材の点検や訓練をしています。実際に火事が起きた時にすぐに対応できるようにホースを伸ばして実際に水を出す消火訓練なども行います。あとは、救急搬送後の処理、救急講習や建物の防火に関する点検・指導なども行うので、それら計画書の作成など、事務作業も行います。

当直勤務では6時間の仮眠をとれるようになっているのですが、出動があればそちらが優先されるので、寝ていても出動がかかればすぐ救急車(または消防車)に乗って、戻ってきて残りの仮眠を取るという感じです。そのため、あまり眠れないこともありますね…。他の仕事より休みは多いと思うので、休日はゴルフの打ちっ放しに行ったり、温泉に行ったりと、時間を有効的に使うようにしています。

――体調が悪い時はどうしていますか?特に出動の時などは大変そうですが…

朝から体調が悪い日は、あらかじめ隊長に伝えるようにしています。出動が無理そうであれば、別の救急救命士に出動をお願いすることもあります。とは言え、コロナ禍で出動が増えたので、おむつを履いて出動することもあります。

救急車もそうですが、火事も出動したら途中でトイレに行けないので、ギリギリまで我慢して、戻ってからトイレに駆け込むということもあります。川の中で行う訓練も、おなかが冷えるのでつらいですね。

――お仕事の魅力、大変な点を教えてください

自分が全力を尽くしてやったことが役に立ったと実感できるのがうれしいですね。お礼の言葉がいただけたときは「本当にこの仕事をやっていてよかったな」と感じます。

大変な点は、ストレスが溜まる場面が多いことです。公務員なので、市民の方々から普通以上に厳しい目で見られていると感じます。搬送先病院が決まらないと救急車を出せない決まりがあるのですが「何で患者さんを中に入れたのに出ないんだ!」と怒られることもあります…。赤信号の中にサイレンを鳴らして入っていく時も事故は起こせないと、常に緊張感があります。

――潰瘍性大腸炎発病後、最も印象に残るエピソードがあれば教えてください

発病後に一番頑張ったのは消防の「救助技術大会」ですね。これは消防本部で選抜された若い消防員たちが出場する大会で、救助活動に必要な体力、精神力、技術力を競います。僕もバディ(ペア)の先輩と一緒に、ロープの取り扱いなどを徹底的にやり込んで臨みました。僕たちが出たのは「ほふく救出訓練」といって、火災現場で煙にまかれた要救助者をロープに括り付けてペアで救出するというシーンを想定した訓練です。大会当日はおなかの痛みに襲われることなく、県下で5位という満足のいく結果をおさめることができました。

救助技術大会の様子。動きのスピードや正確さが評価される

――IBD患者さんで消防士を目指している方へのアドバイスをお願いします

病気のことを隠して入ってしまうと、後から大変な思いをしてしまうので、できれば最初に病名を伝えた方が良いと思います。その上で、「消防に入ったらこんなことがしたい!」という熱い想いと一緒に「病気をしっかりコントロールできている」ことを伝えるのが良いと思います。現在コントロールできていないという人も諦めてしまうのではなく、定期通院などをしてコントロールしようとしている意志をしっかり伝えた方が良いと思います。

あと、IBDの人は体調を崩すこともあると思うので、2次の「体力試験」が少し大変かもしれません。種目は「ベンチプレス、シャトルラン、腕立て伏せ、けんすい、三段跳び」などさまざまですが、内容は公表されているので、自分が入りたい消防本部について徹底的に調べることが大切だと思います。面接でも、その消防本部についてどのくらい知っているか、どのような想いがあるのかを、明確に伝えられるようにしておいてください。

救急活動でも消火活動でも、トイレがすぐにあるとは限らないので、IBD患者さんにとって楽な仕事とは言えないかもしれません。でも、自分の行動が必ず誰かの役に立ちますし、大切な命を救うこともできる大変やりがいのある仕事です。おむつを履いてでも頑張るという覚悟があれば、きっと大丈夫だと思います!

IBDの人たちが「負い目」を感じずに生きていける世の中にするために

――これからチャレンジしてみたいことや夢はありますか?IBD 患者さんへのメッセージもお願いします

今はとにかく「寛解」を目標に治療を頑張りたいと思っています。発病してあまり経っていないので、これからもきっと具合が悪くなることがあると思いますし、そのたびに一喜一憂し、時には生きている意味がわからなってしまうこともあるかもしれません。

それでも僕は、すぐにトイレに行くことや、おむつを履くことが悪いことだとは思っていません。だから、もっと発信して世の中にIBDという病気を知ってもらって、同じ病気の人が負い目を感じずに生きていけるような世の中に変えていきたいです。IBDの認知を全国に広げるためにも、一人ひとりが前を向いて病気と向き合い、完治する薬が登場する日を信じて、みんなで頑張っていきましょう!僕のTwitterでも、一人でも多くの人にプラスになるような発信をしていきたいと思っています。

(IBDプラス編集部)

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