仕事に、趣味に、患者会活動―TOKYO・IBD会長が「3足のわらじ」を履くワケ

はたらく2018/4/27

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炎症性腸疾患(IBD)の患者数は、潰瘍性大腸炎・クローン病合計で約21万人。同病の方との接点が少ない患者さんたちをつなぐ役割を担っているのが、IBDの患者会です。今回インタビューに答えていただいたのは、東京の患者会である「TOKYO・IBD」の会長を務める田中博さん。20歳で潰瘍性大腸炎を発症し、働きながらも症状に向き合いながら、30歳の頃にTOKYO・IBDの前身である「立川IBD友の会」を立ち上げました。仕事に、趣味に、患者会の活動にと、多忙な毎日を送る田中さんに、「3足のわらじ」を履く理由を伺いました。

※難病情報センター(平成25年度の医療受給者証交付件数)
http://www.nanbyou.or.jp/

TOKYO・IBD 会長 田中 博さん

TOKYO・IBD 会長 田中 博さん
1969年生まれ。高校卒業後、公務員に。社会人2年目である20歳のときに、潰瘍性大腸炎との診断を受ける。30歳で「立川IBD友の会」を発足。その後、同会は「TOKYO・IBD」へと発展し、現在は会長として患者会活動を牽引している。趣味は吹奏楽で、トロンボーンとチューバを担当。

社会人2年目、20歳で潰瘍性大腸炎を発症

――まずは、潰瘍性大腸炎と診断されたときの話をお聞かせください。

田中さん:潰瘍性大腸炎と診断されたのは、今から29年前、ちょうど20歳のときでした。最初はお腹が痛くて、風邪かなと思っていました。近所のクリニックに通いましたが、熱は下がったものの、下痢などのお腹の症状が一向によくならず、隣町の総合病院を紹介されました。そこでは胃カメラの検査をしたのですが、やはり原因は特定できず、今度は大学病院の消化器内科を受診。造影剤を使った画像診断の検査をしたところ、一目でそれとわかる典型的な画像所見だったようで、検査が始まってすぐにモニターを見ていた先生たちが聞いたことのない病名を話しているのが聞こえてきました。そこでようやく、「潰瘍性大腸炎の全大腸炎型」と診断されたんです。その日から2か月半の入院となりました。

最初に体調が悪くなってから、潰瘍性大腸炎と確定診断を受けるまでに5か月くらいかかりました。その間、血便もあり、下痢の回数も増えていて、状態はどんどん悪化していたと思います。病名が分かったときには、正直、ホッとしました。これでようやく落ち着いて治療が受けられると思いました。わけのわからない病気にやっと診断がついて、いよいよ治療ができるんだと、どちらといえば、前向きな気持ちだったことを覚えています。病名を聞いてもわけはわかりませんでしたけど(笑)。

私は高校卒業後、「地元に貢献したい」という思いから地元の公務員となり、発症当時は社会人2年目でした。幸い、配属していた部署が比較的人数の多い部署だったので、入院しても仕事に大きな影響は出ない環境でした。今もそうですが、潰瘍性大腸炎は一般的にあまり知られていません。まして30年前の当時は、インターネットもなく、潰瘍性大腸炎に関する情報もあまりないような状況でした。入院することが決まり、職場にも病気のことを伝えたはずでしたが、上司や仕事仲間たちは、「お腹の病気になった」という程度の認識だったと思います。最初の入院ではステロイドが効いて、結構元気になって戻ってきた覚えがあるのですが、見た目にはわかりませんし、特に仕事上での配慮などもしてもらった覚えがないですね(笑)。

――その後、再燃はありましたか?

田中さん:最初の入院が20歳のときで、退院後しばらくは日々の生活も仕事も順調でした。でも、体調がだんだん悪化して2年後に再度入院。そのときは2か月くらい入院して、ステロイドと絶食してお腹を休めるという、対症療法でした。その後、30歳過ぎに手術をするまでは、1年~1年半ごとに、8回の入退院を繰り返しました。仕事面では異動があったものの、運よく人数が多い部署ばかりで、入院中もフォローをしてもらうことができました。

IBD患者さんが、前向きになれる「場」を提供する

――どういった経緯でTOKYO・IBDの活動を始めたのですか?

田中さん:ちょうど30歳のころだったと思いますが、新聞で保健所が開催している潰瘍性大腸炎・クローン病に関する講演会があることを知り、軽い気持ちで参加してみようかなと思ったことがキッカケでした。その場にいた保健師さんが、「IBDの患者会をやるなら場所を貸しますよ」と話していて。ちょうど私自身、潰瘍性大腸炎になって10年が経ったころで、同じIBD患者のみなさんに役立つことをしたいと考えていたところだったんです。そんなタイミングが重なって、4~5人の有志で患者会を立ち上げました。

患者会の活動を始めたのは1999年4月です。当時のIBD患者数は今より少なく、たしか3~4万人だったと記憶しています。2か月に1度、交流会を開催していましたが、最初はなかなか患者さんが集まらなくて、来ても数名というところからのスタートでした。その後インターネットが普及し始め、立川IBD友の会はわりと早い時期からホームページを開設していたこともあり、会員数も少しずつ増えていきました。交流会では食事の問題やトイレの問題、生命保険に入れるかなど、IBDならではの困りごとについて情報交換をしていました。

――現在、TOKYO・IBDにはどれくらいの会員さんがいますか?

TOKYO IBD

田中さん:だいたい、50~60名くらいですね。会員の年齢層は、30~40代がメインです。若い会員さんは多くはないのですが、なかには学生さんや、学生の患者の親御さんが交流会にいらっしゃることもあります。

IBD患者さんの周りには、主治医や家族・友人もいるでしょうし、今はインターネットで情報収集ができる時代にもなりました。でも、症状に向き合うのは、患者さん自身、1人だけ。患者さん同士で話をする機会は滅多にありませんから、ある意味、孤独といえるかもしれません。特に、発症して間もない方など、どうやって病気と付き合っていけばよいか迷っているような方に患者会へ来てもらって、同じ症状の人たちとコミュニケーションを取ることで、ホッとしてもらえる、前向きになれる…そんな「場」を提供することが必要だし、誰かがやらなくちゃいけないことだと思っています。使命感というほどでもありませんが、そんな気持ちで患者会を運営しています。2次会で、参加者のみなさんとワイワイやる時間も楽しみです(笑)。

患者会の活動を始めたときは素人ですから、ほかの患者会がどんなふうに運営しているかなど、相談したいこともありました。設立して間もないころは、全国各地の患者会をインターネットで調べたりして、ほかの地域の患者会とも交流してきました。その後、阪神淡路大震災をきっかけに、患者同士で助け合える横のつながりを作ろうという声があがり、今では全国区のIBD患者会のネットワークができています。TOKYO・IBDも、このネットワークに参加しています。会をやっている側の思いはみんな同じですから、年に1度の全国の集まりでは、すぐに意気投合します。

オンとオフを切り替え、「楽しみ」を見つける

――患者会を立ち上げた後に、大腸全摘の手術をされたとお聞きしました。

田中さん:20歳で発症してから、入退院を繰り返しながら内科療法を続けていました。当時は、症状が重いときの治療といえばステロイドしか選択肢がない時代だったのですが、2000年に顆粒球除去療法(GCAP)が保険で認可されました。ステロイドがあまり効かなくなってきたころでもあり、初めてのステロイド以外の治療選択肢ということで、すぐにでもGCAPを受けたくて、長年お世話になった主治医に相談し別の大学病院に転院しました。私にはGCAPがよく効いてステロイドも徐々に減量し、最終的には使わなくなりました。1年経った2001年、治療効果を確認するために内視鏡検査をしたところ、大腸がんが見つかったのです。その後、8月に大腸をすべて摘出する手術を受けました。

手術をする前は、症状が重いとトイレは「待ったなし」で、さらに状態が悪くなると入院していましたが、手術をした後は、トイレに行きたくなってもそこから数時間は我慢できるようになりました。食生活に関しても、トイレの回数を減らしたいので、昼間は多少食べる量を少なくしていますが、なんでも好きなものを食べていますね(笑)。仕事に関しても、症状が安定したことで、支障なくこなせています。

――吹奏楽が趣味だと伺いました。

吹奏楽

田中さん:はい。もともと、中学・高校は吹奏楽部だったんです。高校卒業以来、潰瘍性大腸炎を発症してそれどころではなくなってしまい、すっかり吹奏楽のことは忘れていたんですが、たまたま仕事で吹奏楽の音を久しぶりに聴く機会があり、「またやりたいな」と。ちょうど手術をすることになって、お腹の症状も落ち着くだろうと思い、入院中に近隣のサークルを探しました。地元に近い楽団に所属することになり、学生のころにやっていたトロンボーンと吹奏楽を再開しました。いまはチューバという楽器を担当しています。仕事が休みの土曜・日曜に練習があり、障がい者や高齢者の施設などに訪問して、昨年は年間17か所で演奏をしました。

そういうわけで、休みの日の予定もほぼ埋まっていますが、患者会の活動や趣味の時間が楽しいので苦になりません。オンとオフを切り替えながら、趣味も楽しむ。それが、働くモチベーションにもなっています。

――それでは最後に、IBD患者の方へメッセージをいただければと思います。

田中さん:学生さんで、就職について悩んでいる方も多いと思います。患者会でもそういう方とお話することがあります。私自身は、「地元に貢献したい」という考えから、地元で公務員になる道を選び、今に至ります。やりたいことや目標、好きなことなどがあれば、それを目指して就職活動をしてほしいと思います。また、社会人で、いろいろな事情から仕事にやりがいを見い出せないような場合も、仕事がすべてではありませんから、趣味を見つけるなど他のことに目を向けてもいいのではないでしょうか。体調が悪いときもあると思いますが、自分の身体を理解してうまく付き合って、主治医ともよく相談しつつ、患者会やセカンドオピニオンも利用しながら、ぜひ「楽しみ」を見つけてほしいと思います。

(取材・執筆:眞田 幸剛)

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