岡山大IBDセンター長に聞いた!「寛解期の正しい過ごし方」
医師インタビュー | 2022/7/27 更新
IBD患者さんの誰もが目標とする「寛解」。寛解状態を維持することができれば、健康な人とほとんど変わらない生活を送ることができます。しかし、一度寛解導入しても、多くの人が「再燃」の不安を抱えながら生活しているのではないでしょうか。そこで今回、岡山大学病院 炎症性腸疾患センター・センター長の平岡佐規子先生に、「寛解期の過ごし方」や「寛解維持するためのポイント」について、詳しく伺いました。
医師が「寛解」と判断するポイントは?薬は減量してもらえる?
――先生は、どのような状態になったら「寛解」と判断されていますか
寛解の理想は「発症前の状態になること」です。この状態が1~2か月続けば、寛解導入できたと判断します。さらに、内視鏡でみてもきれいな状態、いわゆる粘膜治癒・内視鏡的寛解と呼ばれる状態にまで至っていればベストですね。内視鏡検査は頻繁に行いませんので、当院では主に「免疫学的便潜血検査」で確認しています。体調の良い状態が続き、便潜血も陰性であれば、かなりの確率で寛解していると判断します。ただ、症状が良くなっていても、便潜血が陰性になるまでに半年くらいかかる人もいます。
施設によっては「便中カルプロテクチン検査」を行うこともあります。クローン病はこの検査が保険適用外なので、血液検査のCRPやアルブミン(Alb)値を参考にすることが多いですね。アルブミンが下がっていたら、小腸がむくんで栄養の吸収が悪くなっている可能性が考えられます。また、超音波で腸の腫れを診ることもあります。
――5-ASA製剤のみで寛解、生物学的製剤で寛解など、それぞれ寛解の特徴に違いはありますか?
寛解後の状態はほとんど同じだと思います。しかし、生物学的製剤で寛解した人は、もとの症状が重いため、5-ASA製剤のみで寛解した人に比べ、再燃しやすいということはあります。
――寛解と言われたら、薬を減量したり、やめたりすることは可能ですか
最近では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する不安、女性では妊娠前や妊娠判明後などの特殊な状況で、治療薬の影響を心配される患者さんが多いと思います。しかし、自己判断での減量・中断は禁物です。というのも、治療薬の影響よりも、病気が悪くなることの方が、COVID-19の重症化や妊娠合併症の増加に関連する可能性があるからです。
また、一度寛解しても、体には「病気の記憶」が残っているので、どこかでぶり返そうとする力が働きます。治療を続けることで100%寛解維持できるとは言い切れませんが、やはり薬を減量・休薬したときに再燃することが多い印象です。「就職や引っ越しなどで薬を飲むヒマもない」と言う人がいますが、環境の変化があった時ほど再燃しやすいので、薬は飲み続けてほしいですね。特に、5-ASA製剤のみで寛解維持できている方は、1日1回、いつでもいいので必ず服用するようにお伝えしています。
何種類かの薬を飲んでいる方も、基本的には同じです。ただし、5-ASA製剤と免疫調節薬の組み合わせで飲んでいる方に関しては、感染症のリスクなどを考えて、免疫調節薬の方から量を半分にしたり、回数を減らしたりすることが多いです。これ以外の治療も、緩めていく場合は慎重に行う必要がありますので、自己判断で薬を減らしたりやめたりする前に、主治医の先生に相談しましょう。
この記事を読んでいる人の中には、自己判断で薬をやめている方がおられるかもしれません。それで、もし再燃してしまった場合は、まず薬を再開し、それでも体調が戻らない場合は、早めに受診するようにしてください。患者さんご自身は、治療を自ら中止してしまったことを後ろめたく感じると思います。しかし、医師はさほど気にしません。調子が良くなると、薬をやめたくなる気持ちもわかるからです(同じことを何回も繰り返されると、寂しい気持ちにはなりますが…)。私たちは、常に患者さんの体を第一に考えていますので、どうぞ安心して来てくださいね。
――寛解後も5-ASA製剤を飲み続けると、なぜ寛解維持効果があるのか教えてください
体に病気の記憶を思い出させないためには、常にメンテナンスをすることが重要です。そのメンテナンスに適した薬の中で、最も副作用が少なく、再燃防止のエビデンス(科学的根拠)があるのが5-ASA製剤です。腸にまとわりつくことで、サイトカイン(炎症性物質)などから保護してくれます。わかりやすい例えだと思うのですが、女性にとっての「化粧水」のようなものだと表現する先生もおられます。肌を守るために、毎日お肌に化粧水をつけますよね。それと同じように、5-ASA製剤の成分を毎日腸に行きわたらせることで腸の良い状態を保つのです。怠れば再燃しやすくなります。飲む時間やタイミングはあまり気にしなくても良いので、「毎日きちんと飲み続けること」が大切です。
――寛解期に、エレンタールの量を減らしたり、やめたりしてもよいのでしょうか?
1度飲まなくなると再開できなくなる人も多いので、飲めるのであれば続けた方がよいと考えます。ラコールなど、他の栄養剤を飲んでいる方でも同じです。まれに、食事とエレンタールでカロリーオーバーになり、生活習慣病になりかかってしまう方がいます。このような場合は、食事を減らすことが理想なのですが、寛解状態なら、エレンタールの方をやめてもいいとお話しすることもあります。
――寛解しているけれど粘膜治癒にまで至っていない場合、治療を受けること以外に注意するべきことはありますか
「生活リズムを整える」「脱水にならないようにする」「体に異変を感じたらすぐに受診する」の3つは、守っていただきたいですね。夜勤と日勤がコロコロ変わるようなお仕事は、少し注意が必要です。生活リズムが乱れ、疲労も溜まりますし、睡眠不足にもなりやすく、再燃につながる場合があるからです。そのために再燃を繰り返す方は、会社に診断書を提出してもらって、シフトを変えてもらうこともあります。
意外と見落としがちな「再燃のサイン」とは?
――患者さんが寛解期に陥りがちなNG行動や注意点などあれば教えてください
潰瘍性大腸炎の患者さん場合は、一番は、やはり薬を飲まなくなることです。クローン病の患者さんで狭窄(腸が炎症で細くなる)がある方も注意が必要です。特に生物学的製剤で急激に良くなった人では、何でも食べられるのがうれしくて暴飲暴食をし、腸閉塞になったり、まれではありますが、腸がやぶれたりしてしまうことがあります。腸の狭窄は、生物学的製剤の効果で腫れが取れて拡がる人もいるのですが、反対に、傷が癒えるときに縮む人もいます。ですから、食事の量はゆっくり増やしていくようにしてください。
――運動部に入っていたり、スポーツが趣味という方もおられますが、寛解期に激しい運動をして再燃するようなことはあるのでしょうか
通常、寛解期であれば、適度な運動は問題ありません。しかし、アスリート並みに過酷なスポーツをしている方や、頑張りすぎてしまうマラソン初心者の方などは極度の脱水になりやすく、そこから再燃することがあるので注意が必要です。
激しいスポーツをするような場合は、数日前から多めに水分を取るのが良いでしょう。これはアスリートも実践している方法です。飲み物の種類は特に問いませんが、経口補水液をこまめに取るのがベストです。たまにエレンタールで水分を取ろうとする人がいますが、浸透圧が高く、下痢になってしまうことがあるので、運動前後は控えたほうが良いと思います。私は、暑い季節にはエレンタールを倍に薄めて摂取することをおすすめしています。
また、調子が悪くなったら早めに休む勇気も持ってほしいですね。「脱水に注意する」「頑張りすぎない」「おなかが緩いときは休む」など、体のサインを気にしながら、好きなことを長く続けて欲しいです。
――はっきりとした症状が出る前の「再燃のサイン」はありますか
個人差はありますが、「便が緩くなる」ですね。トイレの回数が増えていなくても、緩い便が続くようなときは注意が必要です。「ムカムカする」「おなかが張る」といったサインが出るという方もおられますね。
クローン病では貧血とアルブミン値の低下が目安になることがあります。アルブミン値がジワジワ下がり続けている場合は、再燃のサインかもしれません。
寛解期の食事、潰瘍性大腸炎とクローン病の違いは?
――食事について、潰瘍性大腸炎とクローン病で大きな違いがあれば教えてください
潰瘍性大腸炎は、寛解すれば基本的に普通の人と同じものを食べて良いと考えます。しかし、クローン病は寛解中でも、食事が大きなポイントになります。というのも、脂質などが刺激となり、腸に炎症を起こさせようとする力が、潰瘍性大腸炎より強いと考えられているからです。活動期ほど脂質や食物繊維の量に神経質になりすぎる必要はありませんが、バランスの良い食事を心がけましょう。
――「体調が良ければ何を食べても良い」と指導される医師もおられますが、先生のお考えはいかがでしょうか。また、辛い物、お酒、たばこについてはいかがでしょうか
何を食べても良いとはいっても、「激辛料理」と「油もの山盛り」などはやめてほしいですね。過去に食べて具合が悪くなった食べ物も控えるようにしてください。クローン病はこれに加え、「脂質を、健康な人の70%程度には抑える」ということを意識していただきたいと思います。
お酒は潰瘍性大腸炎もクローン病も、「飲みすぎなければ、飲んでよい」と伝えています。むしろ、おつまみの食べ過ぎに注意していただきたいですね。たばこは、クローン病は絶対にNGです。たばこがクローン病の増悪因子であることはわかっていますし、手術率も高くなります。潰瘍性大腸炎は、かつて「喫煙している方が寛解維持しやすい」と考えられていたので、薬がほとんどなかった時代は患者さんがたばこを吸っていても止められませんでした。しかし、今は良い薬がたくさんありますし、発がんなど、たばこを吸うリスクの方が圧倒的に大きいので、禁煙をお願いしています。
――「水溶性食物繊維は取ったほうがよい」と指導をされる病院も増えてきたように思いますが、食物繊維に関する先生のお考えをお聞かせください
潰瘍性大腸炎の方は、取っていただいて良いと思います。クローン病の方は、寛解していても狭窄の程度がひどい場合は控えたほうが良いでしょう。それ以外の方は取っていただいてかまいません。不溶性食物繊維については、狭窄のある方は避けていただくのが無難で、手術後の方は狭窄がなくても控えめにした方が良いかと思います。
――その他、食事で注意すべき点やアドバイスがあればお願いいたします
偏った食事と、就寝前の食事はやめましょう。食事は寝る2時間前までに済ませることを意識してください。また、食べられるようになったことが嬉しくて、ご家族が患者さんの好きなものを大量に食べさせてしまい、太りすぎたり、病状が悪化したりするケースもあります。ご自身はもちろん、ご家族もバランスの良い食事づくりを心掛けるようにしてください。
――最後に、IBD患者さんたちに向けて、メッセージをお願いいたします
「服薬と通院をサボっていたら具合が悪くなってしまった…」というような場合でも、気にせずに受診してください。また、他県に引っ越す場合も、IBDの医師を紹介できますので、遠慮なくおっしゃっていただけたらと思います。全国どこにいても、患者さんたちを応援する気持ちは変わりません。私たち医師を「サポーター」だと思って、どんどん頼っていただけたら嬉しいです。
(IBDプラス編集部)
1994年 香川県立中央病院
1996年 国立療養所津山病院
1997年 津山中央病院
2000年 岡山大学第一内科 帰局
2016年 岡山大学病院 炎症性腸疾患センター・副センター長
2019年 岡山大学病院 炎症性腸疾患センター・センター長
〈資格・所属学会〉
日本内科学会 認定医・総合内科専門医、中国支部評議員
日本消化器病学会 専門医、指導医、中国支部評議員、学会評議員
日本消化器内視鏡学会 専門医、指導医、中国支部評議員、学術評議員
日本炎症性腸疾患学会(JSIBD)学術委員会委員
日本大腸肛門病学会
日本消化管学会
日本癌学会
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