腸内細菌の専門家に聞いた!「良い腸内環境」ってどういうこと?

腸内細菌について、興味を持たれている炎症性腸疾患(IBD)患者さんは多いのではないでしょうか。今回、腸内細菌に関する基本的なことや、IBDプラス読者の皆さんから寄せられた腸内細菌に関する疑問などについて、順天堂大学の石川大先生にお話をうかがいました。ヨーグルトから腸内細菌移植治療まで、幅広く教えていただきました!

腸内環境の良い状態とは、菌の種類や量ではなく「多様性」があること

――腸内細菌と健康はどのように関係していますか。 IBDとも関係があるのでしょうか

腸内細菌はそれ自体が、免疫のコントロールタワーのようなものとされ、腸内環境の乱れは体の免疫力に直接影響するとわかっています。そしてIBDの腸内細菌叢(腸内細菌の集団)を見てみると、数や種類が通常と比べて極端に減っており、特に、症状が重い患者さんほど、重要な役割をしていそうな特定の菌種が少ないことがわかってきています。これらのことから、腸内細菌の乱れがIBDの免疫のコントロールに大きく影響を与えていると考えられます。

一方で、腸内環境が乱れているのは病気になった結果であり、腸内細菌が原因ではないという考え方もあります。しかし、私たちの研究グループは、これまで腸内細菌を外から移植する「腸内細菌叢移植療法」に取り組んできており、その治療効果が出ていることから、腸内細菌をコントロールできればIBDをある程度コントロールできるだろうと考えています。また、腸内細菌叢の乱れが、少なからず発症や増悪の因子に関わっているのは間違いないと思います。

――腸内環境の「良い状態」とは、どのような状態ですか

腸内細菌の「多様度」や「多様性」が重要なキーワードです。腸内細菌は1,000種類以上、40兆~100兆個いるとされ、それらが互いに協調し合って一つのコミュニティを作っています。外来種が増えすぎると生態系が壊れてしまうのと同じように、腸内環境でも多種多様なものが、お互いを尊重し合って生きている状態が一番強いと考えられます。

――良い腸内環境にもそれぞれ個人差があるのでしょうか

一般におなかの健康な人は、腸内細菌の多様性が高いです。どの「種類」が多いかは個人によって異なり、大きく分けて5~8種類のタイプがあるとも言われます。どの種類が多いと良いというわけではなく、多様性がしっかり保たれていれば、健康な状態と言えます。

食物繊維が酪酸産生菌を活性化させ、過剰免疫を抑える制御性Tリンパ球を活性化

――食事などで腸内細菌を良い状態にできますか

具体的にこういう食事が良いというお話ができれば良いのですが、腸内細菌の側面からは、あまりわかっていません。

一方、潰瘍性大腸炎の場合は、脂質の高いものや刺激物を避ける以外で、そこまで厳しい食事制限は必要ないと思っています。患者さんの体調によりますが、制限しすぎることは腸内細菌の多様性という面からは、あまり良い方に寄与しないとは考えます。

例えば、腸内細菌の一種である酪酸産生菌のエサとなる水溶性の食物繊維を取ると、腸の中で酪酸がいっぱい作り出されます。酪酸は、腸内で制御性Tリンパ球Treg)と呼ばれる、過剰免疫を抑えるブレーキ役の細胞を活性化することがわかっており、それによって腸内環境の免疫バランスが保たれているのではないかとも考えられています。その視点で考えると、食物繊維を制限しすぎなくても良いのかなとは思います。

ヨーグルトを食べれば下痢やIBDの症状が良くなるというデータはない

――ヨーグルトを食べれば腸内にビフィズス菌などが生きたまま届くというのは本当ですか

生きたまま届くのは難しいと思いますし、生きたまま届けば良い影響があるのかというと、それもまた違うと思います。ビフィズス菌はいろいろなエビデンスがありますし、ビフィズス菌も乳酸菌も良い菌であるのは間違いないと思いますが、IBD患者さんが腸内環境を改善するためにたくさん摂取すれば良いということではありません。

何かを少し食べた程度で腸内環境を大きく変えるのは大変難しいですし、ヨーグルトが日本人の腸内細菌叢の形成に関係しているのかも疑問です。日本は長寿国ですが、現在100歳の人が育ってきた過程でヨーグルトを今のように食べていなかったと思いますし、発酵食品ということであれば味噌、納豆、甘酒など、日本古来のものがたくさんありますよね。

――発酵食品で腸内細菌に良い影響を与えるものはありますか

正直なところ、発酵食品を多く取ったからといって、腸内細菌叢はそれほど変わらないと思います。発酵食品に含まれる細菌が数億個腸まで届いたとしても、何十兆分の数億は、ものすごく少なく、大きな変革を遂げられるほどの数ではないと思います。

――ビフィズス菌などを毎日摂取しても下痢が止まらないのは腸内細菌の影響ですか

そもそも「IBDの患者さんが、ビフィズス菌が腸に入れば下痢が良くなる」というのは証明された事実ではありません。好きで食べる分には問題ないと思いますが、好きではないのに下痢の改善を信じてヨーグルトを食べているのでしたら、おやめになったほうが良いと思います。

ビフィズス菌はおなかを健康にしてくれる魔法のような菌ではありません。赤ちゃんの時、母乳を代謝するのに必要なのがビフィズス菌なので、子どもの頃にはビフィズス菌がおなかの中に多く存在します。その後、普通の食事を取るようになると、ビフィズス菌はどんどん減っていきますが、減るのが悪いわけではなく「母乳以外の物を食べていくために、ビフィズス菌はそこまで多くなくて良くなった」ということなのです。

――乳酸菌製剤や乳酸菌飲料は、IBDに何らかの効果がありますか

これについても、まだデータがありませんが、乳酸菌飲料にはIBDの過剰免疫状態をコントロールするほどの効果はないと考えます。

一方で、ビフィズス菌でも乳酸菌飲料でも、個人に合うものはあると思います。「飲んでいるとおなかの調子が良くて下痢の回数も減った」とか「食欲が湧く」など、ご自身で効果を感じることがあれば、続けても良いのかなと考えます。

抗菌薬で腸内環境が乱れるのは事実。本当に使わなければならないのか医師と相談を

――抗菌薬を服用すると腸内細菌のバランスが崩れて下痢が起きやすくなると聞いたことがありますが、本当ですか

抗菌薬の服用で腸内環境が乱れるのは間違いなく、これはIBDに限ったことではありません。ヒトの腸内環境に影響を与える因子として一番大きいのは抗菌薬と言われています。実際に多様度を下げたり、菌の量が減ってしまうことが知られていますので、影響は大きいですね。

――IBD患者さんが風邪などで抗菌薬を服用するのは、あまり良くないのでしょうか

日本は他の国に比べ、抗菌薬が大量に処方されていると言われています。ですが、すぐに抗菌薬に頼るのはやめた方が良いと思います。ウイルス感染に抗菌薬は効かないので、風邪で抗菌薬を服用するのは医学的に正しくありません。ただし、本当に使わなければいけないこともあるので、最終的には医師と相談してください。

――大腸、結腸全摘後の患者さんの場合は腸内細菌叢が回腸に移行しているのでしょうか

大腸粘膜は、腸内細菌叢が最も居やすい場所です。大腸にくらべると小腸にいる量は100万分の1から1000万分の1くらいの量と言われているので、多くの腸内細菌は住む場所をなくすことになります。全大腸を切除した後に小腸で再建的なものを作り、そこに腸内細菌を移植する方法も各国で行っていましたが、やはり住むことはなかなか難しいようです。そのため、住めるかもしれないけれど量や種類がすごく減ることになると思います。

米国で年間5万件行われている「腸内細菌叢移植療法」とは

――便移植や腸内細菌の移植技術はどこまで進んでいますか

現在は「腸内細菌叢移植療法」という名称に統一されているので、そう呼ばせてもらいますね。腸内細菌叢移植療法は海外ではかなり行われていて、特に米国では年間5万件と言われています。2022年12月に「Rebyota」という薬が、抗菌薬を長く使っていると起きてしまう腸炎「クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)」の治療薬として、FDAの薬事承認を得ました。Rebyotaは薬というよりも、腸内細菌溶液そのものを腸に入れるためのもの(糞便微生物叢製剤)なので、それが承認されたのはすごいことだと思います。オーストラリアでも腸内細菌叢移植療法に用いる腸内細菌溶液が薬事承認を得ており、この手法自体は世界的にどんどん実装化が進んでいる状況だと思います。これ以外に海外では、カプセル化した腸内細菌溶液を服用する方法も開発されています。CDIの次はIBDの領域で話が進んできており、腸内細菌溶液を製造して、いろいろな人に使ってもらえる環境に向けての整備も行われています。日本はすでに一周遅れ以上になっている印象ですが、私たちの研究グループは、2023年1月から、潰瘍性大腸炎に対する腸内細菌叢移植療法を、先進医療として開始しています。

これまでのIBD治療は、免疫をできるだけ上手く抑えるような方法が取られ、素晴らしい薬がどんどん登場しています。これに対し腸内細菌叢移植療法は、腸内細菌という「自分の中に住み着いている自分ではないものを変える」点が、これまでの治療と大きく異なります。「間接的」な影響になるため、即効性は生物製剤ほどではないかもしれませんが、副作用など長い目で見た場合、自分の体質や体の状況などをある程度、根本的な部分から治していく可能性のある「本質的な治療」になり得るのではないかと思っています。

――元々自分の腸にいない菌でも問題なく住み着くのでしょうか

腸内細菌叢移植療法では、少なくとも2年間追跡していますが問題なく住み着いています。ただ、その人が「以前に持っていた菌種」である可能性はあります。つまり、潰瘍性大腸炎になって一旦いなくなった菌種が、再び住み着いた可能性があるということです。いずれにしても、多様度が下がっている潰瘍性大腸炎の患者さんの腸内に、健康な人から移植された腸内細菌が定着し、長く治療効果が出ている患者さんは多くいらっしゃいます。

――最後に、IBD患者さんへのメッセージをお願いいたします

たくさんの質問をお寄せいただきありがとうございました。腸内細菌の研究はまだわかっていないことが多く、はっきり答えられない部分も多くあります。私たちが行っている腸内細菌叢移植療法は、今までの薬が使えない方や、薬にアレルギーがある方たちの選択肢のひとつとして貢献できると思っています。「腸内環境を変えることが病気を克服するための一助になれば」という想いで、これからも一生懸命研究を進めていきます。

(IBDプラス編集部)

石川大先生
順天堂大学 消化器内科 准教授
石川大先生
2001年 岩手医科大学医学部卒業、順天堂大学医学部附属順天堂医院研修医
2004年 順天堂大学医学部消化器内科学講座入局
2009年 米国Case Western Reserve University, IBD Research Center留学
2011年 順天堂大学大学院医学研究科修了博士(医学)
2011年 順天堂東京江東高齢者医療センター消化器内科学助教
2014年 順天堂大学医学部附属順天堂医院消化器内科学講座助教
2016年 順天堂大学医学部附属順天堂医院消化器内科学講座准教授

〈資格・所属学会〉
医学博士
日本内科学会(認定医)
日本医師会(認定産業医)
日本消化器病学会(専門医・指導医)
日本消化器内視鏡学会(専門医・指導医)
日本炎症性腸疾患学会
消化器免疫学会
国際粘膜免疫学会
日本消化器病学会(関東支部評議員)

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