新潟のIBD専門医が語る「クリニックにおけるIBD診療」
医師インタビュー | 2022/7/27 更新
進学、就職、転勤など、さまざまな理由で決まる他県への引っ越し。新たなスタートに胸が躍る反面、信頼していた主治医の先生との別れがつらいという患者さんも多いのではないでしょうか。今回は、新潟県でIBD患者さんを数多く診療している「杉村クリニック」 の杉村一仁先生に、「クリニックにおけるIBD診療」について、いろいろお話を伺いました。IBDの研究者として活躍されていたこともある杉村先生の目に映るIBD医療とは?そして、診療所ならではのメリットとは、一体どんなものなのでしょうか?
――先生が、IBD治療をご専門として選んだきっかけをお聞かせください。
消化器内科入局時の恩師がIBD診療で有名な朝倉均先生でした。そのご縁で、腸の炎症について学び始めたのですが、「潰瘍性大腸炎って何で起こっているんだろう?」という当然の疑問にぶつかり、その答えについて、何とか知りたいと考えるようになりました。
――先生は、潰瘍性大腸炎における遺伝的因子の研究で博士号を取得されましたが、その研究内容についてお聞かせください。
潰瘍性大腸炎とクローン病は、以前から家族内発症の頻度が高いことが知られています。この原因には、生活環境によるものと、遺伝的要因によるものが考えられますが、いろいろな地球上の国・地域でも特定の民族に一貫した発症率の高さがあることや、一卵性双生児で二卵性双生児よりも発症の一致率が高いことなどから、遺伝的な要素がその発症に大きな役割を果たしていることが明らかとなっていました。
例えば、A型やO型などの赤血球血液型はよく知られた遺伝的な要素で、お父さんがA型でお母さんがO型だと、子供はA型かO型になることはご存じかと思います。これと同じように、白血球にも血液型があります。白血球の血液型を決める遺伝子座はもともとたくさんあり、その種類(アロタイプと言います)も多いので、赤血球の実質的な血液型が4種類+Rh程度なのに対して、極めて多くの白血球の血液型(HLA)の組み合わせが存在します。これは、白血病などで骨髄移植の際に、それだけ白血球型が合う人が少ないということであり、逆に言えば、個人の鋭敏な遺伝的マーカーとして使えることを意味します。
この種類の多い白血球型を、IBDの遺伝的要因として検討することは、極めて自然な発想で行われ、結果的に多くの民族でさまざまなHLAの抗原型が、IBDの発症や病態形成に関係があることがわかってきていました。その後、免疫反応の開始を司るというHLAの機能や、第6染色体にあるHLA遺伝子領域の広大な構造が明らかになるにつれ、「HLA領域のどの部分が実際のIBDの発症に関与するのか」という疑問が問われるようになりました。1990年頃より、HLA抗原遺伝子タイピングが可能となったため、私たちは遺伝子タイピングを行い、HLAのBW52-DR2-DQw1-DPB*0901ハプロタイプが疾患感受性ハプロタイプであることを明らかにしましたが、実際の遺伝的要因そのものに迫ることはできませんでした。
その後、ユダヤ人と日本人とではIBDと関連するHLA抗原タイプが異なっていることがわかっていましたので、ユダヤ人と日本人の疾患感受性HLAハプロタイプの構造を比較すれば、共通に保存されている遺伝子型・領域が判明するのではないかと考えました。そして2001年、シダースサイナイ病院・IBD研究センターのTagan教授に無理をお願いして、医学遺伝学教室に客員研究員として留学しました。結果的には共通に保存される領域を明らかにすることはできなかったのですが、両民族で疾患感受性を担っている可能性の高い共通の場所を推定することはできました。
――もっと研究を続けたいという気持ちが強かったのではないですか。
IBDと遺伝子との関係については、まだ明らかにされていないことがたくさんあります。しかし、それらの解明に向けての研究は、遺伝子専門の大きな研究室と、IBD患者さんを多数診療するIBD専門病院が組んで行うのが、ベストなのではないかと、自身も実際に研究に携わってみて強く感じました。結果的には、自らの立ち位置としては、IBD患者さんを多数診療する側にいることが、患者さんにとっても、自分自身にとっても良いことだと考え、IBD診療を続けています。
――研究者としての知識がある先生に診てもらえるのは、患者さんにとって心強いですね。
研究で遺伝子解析をした際に、患者さんの診療経過データをたくさん集めました。その中には、どのような治療で寛解したか、何をしてどのぐらいで再燃したかというような情報が多く含まれます。それを解析することで、IBDの診断や治療に対する理解がとても深まりました。さらに、研究をしている仲間たちとも、データを共有し、多くの議論を行っています。これらの経験は、実際のIBDの治療経過の予測に、役に立っていると言えるかもしれません。
この治療が何割ぐらいの患者さんを寛解に導くのか、このお薬をやめるとどのぐらいで再燃するのか、このお薬と使うとステロイドをやめられるのかなどの解析結果は、お話をする上での説得力の源になっているとは思います。さらに時々、薬を止めると悪くなると分かっていても、止めたいと言って来る方もいらっしゃいますが、「悪くなると思うけど、止めてみますか?お付き合いしますよ」という気持ちで応じられます。そうすることで、悪くなった時は患者さん自ら判断し、早い段階でクリニックに来てくれるという利点もあります。
――先生は、厚生労働省「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班」に研究協力員として参加されておられますが、これはどのような調査研究班なのでしょうか?
日本のIBD研究の草分け的存在で、現在でも日本のIBD研究の中心的な役割を果たしている研究会です。1973年に厚生省の助成による難治性炎症性腸管障害調査研究班が発足し、その後名称は時代とともに変遷しましたが、以来45年以上に渡って続いており、現在は東邦大学医療センター佐倉病院の鈴木康夫先生が研究代表者を務めておられます。
班会議の大きな役割の一つに、日本のIBD治療指針・診断指針・ガイドラインなどの作成がありますが、日本全国でIBDが適切に診断され治療されるようになったのは、この研究班のおかげだと思っています。それ以外では、患者さんや医師の啓蒙や教育、最近では病診連携や、AI(人工知能)を用いた画像診断についても話し合われています。私自身は、1991年頃から多く参加させていただいていますが、最近は、可能な臨床データを提供する形で協力しています。
――クリニックのメリットとして「医師と患者の距離が近い」などがあると思いますが、先生のお考えをお聞かせください。
一番のメリットは、いつも同じ医師に診てもらえるということだと思います。毎日、外来診療していますので、患者さんの話をしっかり聞き、病気の細やかな経過情報を得られるという点で、クリニックはとてもやりやすいですね。また、病院では、外来で診察する医師と内視鏡検査の医師がその時々で異なるということがあるのですが、大腸内視鏡検査などを、いつもと同じ医師にしてもらえるという安心感も、クリニックの大きなメリットだと考えます。さらに、午後の外来診療や土曜日の診療があるのも、仕事をしている患者さんの多いIBD診療では利点だと思います。
――昨今、「地方の医療格差」が問題視されていますが、新潟県におけるIBD医療について、先生はどのようにお考えですか?また、病診連携についても教えてください。
新潟県は広く、山間部などは病院自体が近くにないなど、不便な環境に置かれている患者さんもいますので、IBD診療においても地域によりアクセスのしやすさに差があることは否めません。特に新潟県は南北に長いので、地域差をなくすことは難しいと思います。その代わりに各地域にしっかりした拠点病院を置き、治療に困った患者さんはそこに来ていただくことで対応しているのが現状だと思います。
また、新潟は県内に1校しか医学部がないため、人口あたりの医師数は少ないです。一方で、他県から戻ってきた医師も一旦は大学に所属することが多いので、お互いにどんな医師かがわかっていますし、自分で解決できないことがあれば、詳しい仲間にすぐ質問・連絡しますので、拠点化されていてもスムーズに連携が取れるのは良い点だと思います。
IBDに関しては、新潟では専門に診ている医師が限られているので、お互いの状況は比較的把握しやすいと思っています。困ったことがあっても、先輩たちから自然にアドバイスが入ることもあります(笑)。病診連携については、時間のあるときは病院事務とクリニック事務同士で円滑にいきますが、治療対応に即時性が必要なときには、どうしても「個人のつながり」になってしまいます。ですので、消化器内科・消化器外科のほぼ全員がお互いに知り合いであるという点は、新潟県の大きなメリットだと思いますし、忙しい病院の先生方にはいつも感謝しています。クリニックとしては、できるだけ入院にならないように、また、入院が必要となっても入院までの時間的な余裕が取れるように、よく病状を聞き、治療を細かく調整することが重要で、これは患者さんにとっても良いことだと考えています。
IBD専門医同士は全国レベルでつながっていますので、私のところにも全国の専門医の先生方から紹介状が来ることがよくあります。もちろん、私の方からお願いすることも度々あります。「他県に引っ越すことになったけれど、どこの病院に行けばよいのかわからない」という場合は、まず現在の主治医の先生に相談してみてください。そのときは、少し早めに、可能であれば「次のお住まいと職場のおおよその場所」を教えていただけると助かります。「明日引っ越しするのですが…」では、やはり困ってしまいますので(笑)。あらかじめ相談していただければ、知り合いの専門の先生宛に紹介状を書くのはもちろん、該当する地域でお勧めできる病院を知らない場合でも、知人を通じて、信頼できる先生の情報を尋ねたりすることもあります。
――最後に、IBD患者さんたちに向けて、メッセージをお願いいたします。
この記事を読んでいる方の中には、まだIBDと確定診断がついたばかりの方も多いのではないでしょうか。難病と告げられて、すぐに受け入れられる人は少ないと思います。ですが、「もっと重い病気かと思っていたけれど、病名がわかって安心した」という話もよく聞きます。病気に限らず、人生において一番怖いのは「わからない」ということです。医師と二人三脚で治療しながら、病気について正しく理解していくことが、次のステップにつながりますので、前向きに一つひとつ対応していきましょう。
1986年 新潟大学医学部附属病院研修医
1988年 新潟市民病院特別研修医
1989年 東海大学医学部第二移植学教室研修員
1993年 新潟県長岡赤十字病院内科副部長
1994年 新潟大学助手医学部附属病院助手
2001年 シダースサイナイメディカルセンター IBD研究センター・医学遺伝学教室 客員研究員
2004年 新潟大学医歯学総合病院 講師
2006年 新潟大学医歯学総合病院 栄養管理部副部長
2007年 新潟市民病院消化器科副部長
2014年 杉村クリニック開院、現在に至る
〈資格・所属学会〉
医学博士
厚生労働省 難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班 研究協力員
新潟市大腸がん検診委員
日本内科学会 総合内科専門医
日本消化器病学会 学会評議員・地方会評議員 認定専門医
日本消化器内視鏡学会 地方会評議員 認定専門医
2001年日本内科学会 奨励賞
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