【5周年特別インタビュー】久松理一先生が語る「5年後のIBD診療」

医師インタビュー2022/10/17

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みなさんに支えられてIBDプラスは今年で5周年を迎えることができました。この5年でたくさんのIBD治療薬が登場しています。また、現在も多くのIBDに関する研究が行われています。そこで今回は5周年特別企画としてIBD研究の国家プロジェクト「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」の研究代表者で、杏林大学医学部 消化器内科学教授の久松理一先生に、「5年後のIBD治療」という大きなテーマで、現在から5年後、そしてもっと先のIBD診療がどのように変わっていくのかについて、グローバルな視点で語っていただきました。

今後5年で、「薬の使い方」や「治療の進め方」が大きく変わる可能性

――IBD治療に関して、5年前と現在で最も大きく変わったと感じるのはどのような点ですか

薬の種類が増えたことですね。2000~2017年くらいまでは分子標的治療薬の走りである「TNF-α抗体製剤」が登場しました。そのため、2017年まではTNF-α抗体製剤を何とか上手く使いこなすことが目標でした。

しかし、TNF-α抗体製剤が無効な人や、使っていくうちに効果が落ちてくる人がいるということがわかり、異なる作用機序をもつ分子標的治療薬の開発が進められました。2017年にTNF-αではなくIL-12/23を標的とした「ウステキヌマブ」がクローン病で承認され、それを皮切りに潰瘍性大腸炎にJAK阻害薬の「トファチニブ」と抗α4β7インテグリン抗体製剤の「ベドリズマブ」が認められました。さらには「ウステキヌマブ」が潰瘍性大腸炎でも承認されるなど、次世代の分子標的治療薬のラインナップが揃ってきたのがこの5年間だと思います。その流れが今も続いているので、今後5年間も、新しい作用機序の薬が登場してくると予想されます。

実際に、今、治験が行われている薬には「S1P受容体作動薬」など、全く新しい作用機序の薬があります。これらは、既存薬が最初から効かなかった人や、効果が落ちてきた人に対して、新たな選択肢として期待できると思います。

また、今後5~10年くらいで「薬を併用する」「作用機序の違う分子標的治療薬を組み合わせる」「抗がん剤のようにAという薬で治療を開始して途中でBにする」というような使い方が徐々に浸透していくと考えます。まだ安全性や医療費の面で課題が残されていますが、IBD診療の領域でも、すでに複数の作用機序を持った薬を同時に使ったり、交互に使ったりという考え方が出てきています。

――治療の進歩に伴い、患者さんの生活スタイルはどのように変化したと思われますか

薬が増えたことで、潰瘍性大腸炎もクローン病も2020年を境に手術率が下がっており、患者さんの全般的なQOLが向上しているのは間違いありません。しかし、QOLは薬の効き方のみで決まるわけではありません。就労や学業の問題など、まだサポートしきれていない部分があると感じています。例えば、よく効いている薬が点滴で、会社や学校を休む必要があり、それを内心負担に感じている患者さんがいるかもしれません。そのようなニーズに対し自己注射が登場するなど、状況は改善しつつありますが、まだまだ完璧とは言えません。今後、飲み薬が増えてくれば、患者さんにとって大きなプラスになると考えます。

IBDは治療選択肢が増えたことで、「シェアード・ディシジョン・メイキング(患者と医療者が治療方針や治療薬をともに決めていく)」という考え方に変わりつつあります。薬が効いても継続できなければ意味がありません。今後は、より患者さんのニーズに合わせた治療選択が必要だと考えます。

――治療が進歩したからこそ患者さんに意識して欲しい、気を付けて欲しいと思うことがあれば教えてください

治療を長く続けていくためには「己と敵を知ることが大事」です。そのためにまず、どんな薬を使用しているのか、きちんと把握してください。日本ではどうしても「患者さんは医師の言うことを聞いていればいい」と思われがちですが、私は賛成しかねます。実際に薬を使うのは患者さんご自身です。その薬の良い点・悪い点だけでなく、なぜその薬が効くのかなど、まずは「興味を持つ」ということが、とても大切だと思います。さらに、疑問があれば主治医にどんどん質問しましょう。「医療に参加する」という姿勢を持つことでIBD診療のクオリティが上がり、ご自身のQOLも最終的には上がっていくと思います。

また、「この治療以外の選択肢はありませんか?」など、ご自身の気持ちを主張するのは、ワガママでも何でもありません。治療が複雑化していく中で、医師とのコミュニケーションはより重要になってくるので、ぜひ思ったことはしっかり聞き、納得をして治療を受けていただければと思います。

もう一つお伝えしたいのは、情報社会には「正しい情報と噂レベルの情報が混在している」ということです。単なるコメンテーターの話が、あたかも正しい情報かのように拡散されたりしていますよね。だからこそ、自分の病気に興味を持って、正しい知識を身に付けていくことが重要だと考えます。食事に関しても正解はないので、ある人のブログに「これを食べたら良くなった」と書いてあっても、それが万人に通用するわけではないということを知っておいてください。今後5年間は「情報の選び方」が非常に重要になってくると思います。安易にテレビやSNSの情報に影響されないようにしてください。

IBDは遺伝する?根治の可能性は?話題の糞便移植や青黛(せいたい)についても

――食事、喫煙、ストレスなどの環境因子もIBDの発症に関係すると考えられていますが、実際はどの程度まで解明されているのでしょうか

IBDは遺伝病ではありません。IBDになりやすい体質というのはありますが、だからといって必ず発症するわけではなく、そこに環境因子が影響して発症すると考えられています。一般的によく言われる「がんになりやすい家系」などと同じですね。

どんな環境因子がIBDの発症に強く関与しているのかは、いまだ明らかになっていませんが、「都市化が進んだところにIBDが多い」と言われています。つまり、アフリカのサバンナのようなところにIBD患者さんはほとんどおらず、近代化が進んだ場所に多いのです。日本は札幌オリンピックと大阪万博の後に潰瘍性大腸炎が増え、韓国はソウルオリンピック、中国は北京オリンピックの後に増えています。また、下水道が完備されている国ほど潰瘍性大腸炎は増えているとも言われます。このように、「文明の進歩」に関連する環境因子が関与していることは間違いなさそうなのですが、直接影響を及ぼしているのが食事なのか、抗菌薬の飲み過ぎなのか、特定するのは難しいですし、1つだけではないと考えます。

こうした環境因子が「腸内細菌叢」をかく乱したりバランスを崩したりしているのが要因のひとつだと考えられており、いくつか研究も進められていますが、まだたくさんの不明点が残されています。赤ちゃんの頃からの腸内細菌バランスが原因となるのか、幼少期の食事が腸内細菌バランスに影響して発症するのか、それとも大人になってから腸内細菌バランスが変化して発症するのか、まだわからないことだらけで、これらは後5年のうちには解明できないと思います。ですから、安易に「このサプリメントが腸に効く」などと言うべきではありません。まして、「〇〇を食べればIBDが治る」みたいな話は、医学的に間違っています。「健康に良いとされるもの」と「病気を治す薬」は、全く別物だということを理解しましょう。

――「IBDだから子どもをもつのが不安…」という患者さんもおられますが、これに関してはいかがでしょうか

「私は高血圧なので、子どもに遺伝しないか心配です」という人はほとんどいないのに、IBDは難病ということで、みなさん遺伝するのではないかと心配されます。しかし、IBDは遺伝病ではなく、高血圧やがんなどと同じなのです。確かにIBD患者さんのお子さんがIBDになる可能性は、IBDではない方に比べて少し高いのは事実です。しかし、それは、一緒に住み、食事をともにするなどの生活環境が影響しているかもしれないということです。

――IBDや腸内細菌に関する研究で、先生が注目しているものはありますか

東京医科歯科大学で行われている「腸管上皮細胞の再生医療は患者さんからの問い合わせも多かったですし、私自身も気になっています。今すぐは無理ですが、将来的には一部の患者さんに貢献するかもしれません。

あとは「糞便移植(FMT)」ですね。オーストラリアや香港では大規模な治験が行われており、薬並みの結果を出しているものもあります。ですが、まだ安全性の問題が残されています。また、コロナウイルスは便に出るため、ここ数年は糞便移植がやりにくくなっているのも事実です。また、「便そのものではなく、便の上澄み液でも効果がある」という報告も出てきているので、方法も含め、どのように変わっていくのか注目しています。

もっと身近なところでは、内視鏡検査へのAI導入が進められています。これは5年以内に実現すると思います。内視鏡画像によるIBDの診断は、ある程度経験が必要です。これを一部AIが評価できるようになっていくと思います。

――内視鏡検査のAI導入も期待したいところですが、他にどのような検査ができると患者さんにとってのメリットになると思われますか

侵襲の少ないものが良いですね。今は便中カルプロテクチンや血清バイオマーカーLRG)などが出てきました。これらも大変良いものですが、今は「腸管エコー検査」が注目を集めています。ベッドサイドで簡単に行えますし、その分、内視鏡検査の回数を減らせるので患者さんの負担も減ります。私の在籍する杏林大学医学部付属病院をはじめ、日本でもいくつかの病院で導入されています。狭窄を診ることも可能なので、特にクローン病患者さんにメリットが大きいと思います。もちろん保険適用です。腸管エコーの欠点は医師が腕を磨かないと診断できないということですが、日本人は器用なので今後広まっていくと思います。

――IBDの根治療法が実現する可能性はあるのでしょうか

IBDは免疫疾患なので、根治というのは正直難しいと思います。ですが、薬をやめても再発しなければ根治に近いですよね。今後も新たな薬が出てくるので、寛解維持できる患者さんは増えていくと思います。今は寛解しても薬を飲み続けることが推奨されていますが、これからは、薬を減量したり、やめたりということを真剣に考える時代になっていくと考えます。

IBDの予防に関しては、まず「発症の原因」を突き止めなければなりません。いまだ原因不明ですし、最終的には「文明を捨てられるか」という話になってくるかもしれません。ですが、昔に戻れば、今度は赤痢や結核やコレラなどの感染症で亡くなる人が増えて、相対的に寿命は短くなるでしょう。人類は感染症の撲滅を目指しましたが、「感染症が減れば免疫疾患が増える」のは世の摂理です。「寿命が延びればがんが増える」というのと似たような感じですね。

――IBDが指定難病から外れてしまうのではないかという不安の声も聞かれますが、先生のお考えをお聞かせください

難病患者さんに対する医療費助成制度は「患者数が少なく原因不明の病気の情報を患者さんに協力してもらって集める代わりに、医療費を助成する」ということで始まったものです。そのため、国の予算が決められています。そうなると、助成する優先順位を決める必要が出てくるのは事実です。今後どうなっていくのかについてはまだわかりませんが、本来の目的を多くの方に知っていただけたら幸いです。

――「青黛(せいたい)」に関する質問も多数寄せられていますが、先生のお考えをお聞かせください

青黛は、動物モデルでも慶應義塾大学の治験でも有効性が示されています。しかし、「安全性に関するデータが少なすぎる」というのが大きな問題です。青黛を使っている患者さんで肺の血栓症や肝機能障害のリスクがあがると言われていますが、どのくらいの量をどのくらいの期間飲んだら副作用が出るのかというデータはありません。

IBDであることは「悲劇」なんかじゃない

――先生はかねてより「今後は個別化医療が進むと思われ、それが最も良い未来だ」とおっしゃっていますが、具体的にどのような個別化医療をお考えですか

がんでは、がん遺伝子パネル検査などがありますが、IBDではまだ「どの薬を使えばいいのか」を決める指標がありません。まずはそれが今後5~10年のうちに見つかってくると想定しています。そうなれば、かなり個別化医療に近付くと思います。また、患者さんのライフスタイルに合わせて治療を選択することも大切な個別化医療ですし、それを当たり前にしていかなければならないと考えます。

――最後に、IBD患者さんへのメッセージをお願いいたします

IBDであることを決して悲観しないでください。難病とは言っても、治療選択肢が増えて、普通の人と変わらない生活ができる人は今後もっと増えていくと思います。ですから前向きに生活して欲しいですし、その中で私たち医療者を上手に使って欲しいと思います。世間では、IBDを「悲劇のヒロイン」のように扱いますが、もうそんな見方はやめるべきです。IBDが「普通」になるだけで、今よりもっと素敵な世の中に変わっていける気がします。

(IBDプラス編集部)

久松理一先生
杏林大学医学部 消化器内科学 教授
久松理一先生
1991年 慶應義塾大学医学部卒業、同大病院内科等に所属
1995年 慶應義塾大学病院内科 専修医(消化器内科)
1997年 東京歯科大学市川総合病院内科 助手
2000~2015年 米国ハーバード大学マサチューセッツ総合病院消化器科研究員。帰国後、慶應義塾大学医学部内科学(消化器)助手(現助教)、専任講師、准教授
2015年4月 杏林大学医学部第三内科学(消化器内科)教授
2016年4月 杏林大学医学部付属病院診療科長、内視鏡室長
2019年4月 杏林大学医学部付属病院消化器内科学 教授
2019年11月 ICIBD : Interdisciplinary Center for Inflammatory Bowel Disease(杏林大学医学部付属病院 炎症性腸疾患包括医療センター)センター長 兼務
2022年4月 杏林大学医学部付属病院副病院長

〈資格・所属学会〉
医学博士
日本内科学会(評議員、関東支部幹事、認定内科医、総合内科専門医、指導医)
日本消化器病学会(財団評議員、関東支部会評議員・幹事、認定専門医、指導医)
日本消化器内視鏡学会(認定専門医、指導医)
日本消化管学会(胃腸科専門医、指導医)
日本炎症性腸疾患学会(理事、事務局長)
日本大腸肛門病学会(評議員、英文誌編集委員)
日本小腸学会(理事)
厚生労働省科学研究費難治性疾患政策研究事業 難治性炎症性腸管障害に関する調査研究 研究代表者(2020年4月~)

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