潰瘍性大腸炎・クローン病に合併する大腸がん、リスクを理解し治療継続と定期検診を-福岡大学筑紫病院炎症性腸疾患(IBD)センター長・平井郁仁先生

医師インタビュー2022/7/27 更新

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潰瘍性大腸炎(UC)やクローン病(CD)といった炎症性腸疾患(IBD)では、長期にわたる治療の過程で合併症を発症することがあります。その中の一つが大腸癌(がん)です。日本全体での大腸がんの患者数は近年横ばいと言われているものの、がん種別の患者数では男性が3位、女性が2位と患者数が多く、死亡原因では男性で3位、女性で1位です。

一方で、大腸がんの治療は長足の進歩を遂げており、早期の大腸がんであれば手術による切除などでほぼ根治も可能と言われています。IBDでの大腸がん発生の現状とその対策について、福岡大学筑紫病院炎症性腸疾患(IBD)センター長の平井郁仁先生にお話を伺いました。

平井 郁仁先生
炎症性腸疾患センター 診療教授
平井 郁仁 先生
日本内科学会 認定医
日本消化器病学会 専門医
日本消化器内視鏡学会 専門医・指導医・社団評議員
日本消化器内視鏡学会九州支部 評議員
日本消化管学会 認定医・専門医
日本大腸肛門病学会九州支部 評議員
難病指定医
小児慢性特定疾病指定医

IBD患者の大腸がん発症リスクは一般人の50~100倍

――IBDの患者さんではなぜ大腸がんを発症しやすいのか、その理由を教えてください。

大腸がんの発症のメカニズムは完全に解明されているわけではありませんが、一般的には大腸粘膜から発生した良性ポリープ(腺腫)での遺伝子の損傷が繰り返されてがん化する説、過形成性ポリープあるいは鋸歯状腺腫(きょしじょうせんしゅ)と呼ばれる特殊なポリープからがん化が始まる説などが提唱されています。

潰瘍性大腸炎、クローン病の患者さんの場合は、こうした一般的な経路で発生する大腸がんとは別に、炎症性発がんという大腸がん発症ルートが知られています。大腸粘膜での慢性的炎症の結果、発がんを抑制する遺伝子が変異して機能しなくなったために発生するのではないかと考えられています。

――IBDの患者さんで大腸がんを併発してしまう頻度はどれくらいでしょうか?

これまでの疫学的調査から大まかに言うと、潰瘍性大腸炎の場合は発症から10~20年経過すると5~10%、クローン病で2%弱の患者さんが大腸がんを発症すると報告されています。

IBDでの大腸がんの発症頻度は研究報告によってやや幅があります。これは、調査によってその対象となる患者さんの集団が異なるためです。例えば、重症の患者さんが多い病院で調査を行うと、当然頻度は高くなります。

ちなみに大腸がん直前の前がん病変をDysplasia(ディスプレイジア、異形成)と呼びますが、重症患者の割合が多い当院での潰瘍性大腸炎患者さんの追跡データでは、Dysplasiaと大腸がんを合わせた発生頻度は、発症から10~15年で10数%にものぼります。

もっとわかりやすく説明するならば、IBD患者さんは、一般の人と比べて大腸がんのリスクが50~100倍は高いと考えてください。例えばIBDに罹患していない1万人に大腸内視鏡検査を行って大腸がんが1人見つかるならば、IBD患者さんのみに大腸内視鏡検査を行えば、100~200人に1人で大腸がんが見つかるということです。

「見つけにくく」「進行がんになりやすい」特徴を持つIBDでの大腸がん

――IBD患者さんで起こる大腸がんは、一般的な大腸がんと異なる特徴があるのでしょうか?

まず、一般的な大腸がんは、どこか1か所から発生して広がっていくことが多いのですが、IBDでの大腸がんは複数のがんが同時多発的に起こることが少なくありません。

先ほどのDysplasiaは、正常な細胞と比べて形状がどれだけ異なっているかという異形度によってLow grade Dysplasia(軽度異形成)High grade Dysplasia(高度異形成)に分けられ、High grade Dysplasiaはほとんどがん細胞と変わらないという状態です。このようなHigh grade Dysplasiaがある潰瘍性大腸炎患者さんで大腸内視鏡検査をしたところ、一気に数十個も見つかるという事例もあります。

また、一般的に大腸がんを発症した場合、大腸内視鏡で見ると粘膜表面から発生したがんが腸管の内側に盛り上がって隆起していたり、周辺とは異なるほど粘膜が赤くなっていたり(発赤)など、視覚的に区別をつけやすいことが多いものです。ところがIBD患者さんで見つかる大腸がんは、一見すると平坦な粘膜表面の炎症部分の組織を採って検査をすると「がんだった」とわかるような、見つけにくいものが少なくありません。

しかも、一般的な大腸がんでは、がんが大きくなるにつれて腸管の粘膜側(管腔側)へ隆起しがちですが、IBDでの大腸がんは逆に腸管の深部に向かって広がってより早くリンパ節や他の臓器に転移していく傾向があります。つまり進行がんになりやすいということです。

また、組織的な面では生命予後が悪い未分化型がんというのは一般に大腸がんの1割未満と言われますが、ことIBDでの大腸がんでは、その割合は2~3割と多いのです。さらに進行がんとなったときに抗がん剤による化学療法が、一般的な大腸がんに比べて効きにくいという現実もあります。だからこそ早期発見がより重要になります。

【表1】大腸がんの傾向

一般的な大腸がん IBDでの大腸がん
発生 単発 多発
診断 見つけやすい 見つけにくい
転移 普通 早い

IBD発症後7~8年でリスク増、治療継続が重要に

――IBD患者さんでの大腸がん発生の危険因子は現時点でどのようなものが分かっていますか?

病型では、潰瘍性大腸炎で全大腸炎型と左側大腸炎型、クローン病の小腸大腸型、大腸型で直腸、肛門病変を有する場合に大腸がんを発症しやすいと報告されています。

加えて特に潰瘍性大腸炎では「炎症の程度が高度である」、「罹病期間が長い」、「罹患範囲(病変範囲)が広い」、「高齢である」、「家族歴(家族に大腸がんの罹患歴がある人がいる)を有する」が危険因子としてわかっています。罹病期間に関してはおおむね7~8年を超えると大腸がんの発症リスクが上がると考えられています。

海外ではIBDに加えて原発性硬化性胆管炎を合併していると大腸がんの発症リスクが格段に高くなるとの報告がありますが、日本での原発性硬化性胆管炎の患者さんは全国で500人程度という稀な病気であるため、それほど問題にはならないと思います。

【表2】大腸がん発生の危険因子

病型:潰瘍性大腸炎⇒全大腸炎型・左側大腸炎型
病型:クローン病⇒小腸大腸型・大腸型で直腸、肛門病変あり
炎症の程度が重度 罹病期間が長い(7~8年以上でリスク増)
高齢 大腸がんの家族歴
病型:潰瘍性大腸炎⇒全大腸炎型・左側大腸炎型
病型:クローン病⇒小腸大腸型・大腸型で直腸、肛門病変あり
炎症の程度が重度
罹病期間が長い(7~8年以上でリスク増)
高齢
大腸がんの家族歴

――大腸がんの発生を防ぐことは可能なのでしょうか?

完全な予防というのは難しいと思いますが、腸管粘膜の炎症が強いほど発がん率は高くなり、いわゆる粘膜での炎症が治まっている粘膜治癒を維持できれば大腸がんのリスクは健常人とほぼ同じになることはわかっています。つまり、粘膜治癒を維持できるような治療を継続するというのが何よりも重要です。

ただ、粘膜治癒を達成し、下痢や血便などがなくなったからといって油断は禁物です。粘膜治癒のIBD患者さんで、大腸内視鏡検査時に組織の一部を採取して調べると、微小な炎症が残っている場合もあるからです。自覚症状がなくなっても継続的な治療薬の服用を習慣づける必要があります。

一般的に、自覚症状がなくなると患者さんは病院から足が遠のくものです。また、最近ではIBDも含まれる指定難病の医療費助成制度の改正により、医療費負担が増大した患者さんの一部で通院頻度が減少している傾向があります。

例えば、比較的重症の患者さんが多い当院での通院継続率は、ざっと見て7割程度。非専門医療機関などではこの割合はより低下するでしょう。

患者さんごとに諸々の事情があることはわかります。しかし、大腸がんの発症だけでなく、再燃を防止して健常人とほぼ変わらない生活を送れる、緩解した状態を維持するという観点からも継続的な通院と治療が望ましいのです。

新薬の登場でがん化のリスクは変わったのか

――最近では生物学的製剤の登場も含め、治療は進化しています。この点はIBD患者さんでの大腸がん発症に影響をおよぼしていますか?

治療の進展で大腸がん発症が減っている可能性はありますが、報告上大きな変化があるわけではありません。これは食事の欧米化なども含めた環境因子などにより、日本人全体では大腸がん発症が増えていることと関連している可能性があります。

一方で、近年使用できるようになった新薬では免疫を抑制する作用を持つ薬剤などが増えているため、大腸がんの発症頻度が減っていないのではないかとの指摘も一部にはあります。しかし、私たちのデータや国内外の研究報告を見てもそれを裏付ける信頼度の高い報告はありません。まだ、これらの新薬が登場してから日が浅いため十分に評価ができていないという側面もあると思います。

ただ、強調しておきたいのは、粘膜治癒がIBD患者さんでの大腸がん発症のリスクを低下させることは明らかです。免疫に作用する薬剤により粘膜治癒を達成できる患者さんも多いので、こうしたリスクを過剰に考えるべきではないと考えます。

早期発見のために、定期的な大腸内視鏡検査を

――先ほどIBD患者で発症する大腸がんは悪性度が高いので早期発見が重要だとおっしゃいましたが、そのために患者さんが気を付けるべきことを教えてください。

通常、専門医がいる医療機関ではIBDの確定診断時に将来的な大腸がん発症リスクが一般人よりも高いことは説明していますが、現実にはIBD患者の中で大腸がん発症リスクをほとんど知らなかったという方も意外に少なくありません。まずはそうしたリスクがあることを改めて確認していただきたいと思います。

そして早期発見のためには、大腸内視鏡検査を定期的に受けることが何より重要です。当院では40歳以上で罹病期間が7~8年を超える患者さんには、症状がなくとも大腸内視鏡検査を勧めています。この基準は患者さん自身が大腸がんのリスクを考えた検査を念頭に置く場合にも同様に考えていただいて構いません。

ただ、比較的若い年齢でIBDを発症した方は、この年齢基準はやや前倒しで考えた方が良いでしょう。ごく稀ではありますが、20~30代で大腸がんが見つかる場合も実際にあります。

この大腸内視鏡検査で粘膜治癒が得られていて組織を採取して検査しても問題がなければ、おおむね次の大腸内視鏡検査は2~3年後ということが一般的です。いずれにせよ検査結果を基に、その後の大腸内視鏡検査の頻度を主治医と相談してみてるのがよいでしょう。

(インタビュー:村上和巳)

福岡大学筑紫病院
炎症性腸疾患(IBD)センター
平成28年4月1日、新たな診療科として開設。センターの方針・目標は、「IBDの適切な診断」「診療科の垣根をこえた治療」「チーム医療の実践」。IBD専門外来を有し、IBD教室ではIBD患者さんに対して、患者教育の場の提供を行っている。現在、潰瘍性大腸炎患者約1,000人、クローン病患者約900人が通院する、九州・福岡エリア有数の専門施設。
<IBD専門外来>
水曜日、木曜日、金曜日午前中(新患)、午後(再来)。
新患外来は予約制。下記からご予約を。
福岡大学筑紫病院地域医療支援センター
TEL:092-921-1011(代表)
FAX:092-921-0910
<病院情報>
名称:福岡大学筑紫病院
住所:福岡県筑紫野市俗明院1-1-1
HP:http://www.chikushi.fukuoka-u.ac.jp/index.html

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