【知ろう・伝えようIBD】専門医が語るIBD治療のいま、そして、これから

医師インタビュー2022/7/27 更新

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伊藤 裕章 先生

IBDプラスが初の試みとして発行した冊子「知ろう・伝えようIBD」。診断がついて間もない患者さんや、病歴の浅い患者さんのメンタル面を少しでもサポートしたい…という思いが詰まった1冊です!みなさんも目にする機会があれば、ぜひ手に取ってみてくださいね。

そして今回、「知ろう・伝えようIBD」をご監修いただいたインフュージョンクリニック院長 伊藤裕章先生にIBD治療の現状と未来について、お話を伺いました。ご専門である生物学的製剤(抗体治療薬)の話題など、長年IBDに携わっている伊藤先生だからこそ、お話しいただける内容をお届けします!

――「知ろう・伝えようIBD」を監修するにあたり、メンタルケアをテーマにした冊子と聞いて、最初に先生は、どのように感じられましたか。

かつて、日本でのIBD治療は「栄養療法」が主体でした。その期間が非常に長く続いたため、各地で患者会が立ち上がり、患者さん同士で栄養療法についての情報交換などをし、励まし合っていました。

しかし、IBD治療は劇的に進歩し、栄養療法や食事制限は以前ほど厳しくなくなりました。日常生活の不安も減り、ほかの患者さんの話を聞く必要性も、以前より減りました。さらにインターネットの普及で、最新治療などの情報も、得やすくなりました。一方で、「ちょっと困ったときにどうすればいいのか」というようなことを知る助けを得られにくくなっているのも事実です。「患者さんの人生を丸ごと面倒見よう」というような昔気質の医師も減っていますからね。そんなときに、「知ろう・伝えようIBD」のようなメンタル面をサポートするような冊子があると、非常に助かりますし、患者さんにとって心強いと思いました。

――確定診断がついたばかり、あるいは病歴の浅い患者さんは、先生にどのようなことを相談されますか?

やはり、「この治療が一生続くのか?」という不安について相談されることが多いですね。どの治療も100%有効とは言えません。ですが、新しい治療を駆使すれば、70~80%の患者さんは寛解導入できると考えています。寛解すれば、QOL(生活の質)も健康な人とほとんど変わらないくらいに改善しますし、学業や仕事を制限する必要はほとんどありません。

もちろん、寛解していない方も、進学や就職を決してあきらめないでください。例えば、入試のときに腹痛を我慢しながら試験の問題を解くなんて無理ですよね。でも、診断書を出せば、トイレに行きやすい席に座れるよう、配慮してくれます。そのような面からも、医師がサポートできることはあるので、遠慮せずに主治医に相談してみてください。

――選択肢が広がりつつあるIBD治療ですが、長年IBDを診療されてきた先生は、実際にどのような変化を感じていますか?

IBD治療で最も大きな変化をもたらしたのは、何といっても「レミケード」の登場でしょう。これにより、抗体治療が、本当によく効く安全な治療だということが、広く認識されたと思います。IBD治療がここまでの進歩を遂げた背景には、レミケードのような、世界的に患者数が多い「関節リウマチ」の治療薬がIBDにも有効だとわかったこともあるでしょう。

――ここ数年で、次々と新しいIBD治療薬が登場していますね。

伊藤 裕章 先生

本当にそうですね。最近では「JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害剤」という経口薬が登場し、注目を集めています。抗体治療が炎症の治療として使われるようになって20年経ちますが、実は、抗体治療が登場したての頃は、「10年経ったらJAK阻害剤に取って代わられてしまうだろう」と、考えていました。しかし、実際にはそんなに簡単ではなかったのです。JAKにはいろいろな働きがあり、炎症に関わる部分だけを「選択的」に抑える薬がなかなか作れなかったのです。そうなると、副作用も多くなってしまいます。また、JAKなどの「低分子化合物」は、妊娠・出産のときに、簡単に胎盤を通過してしまうという課題もあります。

研究者たちは「ターゲットをどこに絞ればいいのか?」ということに常に頭を悩ませています。JAK阻害薬では、4種類あるJAKのうち、JAK1を選択的に阻害する「JAK1選択的阻害薬」というのが現在治験段階にあります。現在のところ、副作用の少ない薬であると見込まれていますが、実際に有害事象が少ないのかどうかは、治験の結果を待つしかありません。ステラーラやエンタイビオなどもリアルワールドデータ(電子カルテなど、臨床現場から得られる匿名化された患者単位のデータ)の蓄積が待たれている段階です。

――抗体治療の「デメリット」があれば教えてください。

抗体治療は、食べられないことに悩んでいた患者さんたちの大きな希望となりました。しかし、その一方で、抗体治療が効くと何を食べてもあまり悪化しないので、治療した帰りにラーメンを食べる、焼き肉を食べるなど、我慢していたものをここぞとばかりに好きなだけ食べてしまう人もいます。その結果、どんどん体重が増えて、肥満になるというケースが後を絶ちません。

最近の医師は抗体治療に抵抗がない分、栄養指導を軽視しがちです。栄養療法に至っては、ほとんど知らないという医師もいます。しかし、いざ薬が何も効かないというときの最後の手段として、栄養療法は非常によく効きますし、よい状態を保つためにも栄養指導は欠かせません。治療の幅が広がった今こそ、患者さんご自身が、栄養療法のことを、きちんと知っておくべきではないでしょうか。

――どの生物学的製剤(抗体治療薬)で治療を行うかは、どのように決めていらっしゃいますか?また、薬剤変更についてのご意見もお聞かせください。

当院では、すべての生物学的製剤のメリット・デメリットを平等に説明したうえで、患者さんに選んでいただいています。中には、「〇〇という薬が効くと聞いたので、それにしてください」と、事前に情報収集をして指定してくる患者さんもいます(笑)。薬剤選択については、極力患者さんの意思を尊重するようにしています。

一方、薬剤変更は慎重に行うべきだと考えます。「全然効かないから薬を変えたい」と、気軽に相談してくる患者さんもいますが、IBDはまだ薬がたくさんあるわけではないので、薬剤一つひとつを大事に使わないと、すぐに後がなくなってしまう懸念があります。ですから、慎重になるべき理由を説明し、投与量を増量できる場合は増量して様子を見ます。それでも全く効果がないようであれば、そこで初めて薬剤変更を検討します。

――生物学的製剤は何パーセントくらいの患者さんに効果があるのでしょうか。

ずっと同じ薬剤の人と途中で変更した人の両方を合わせると、最終的には70~80%の人に効果があると考えます。

――ステロイドを長期間服薬していた患者さんに対する抗体治療の効果は、やはりステロイドを使っていない人に比べて落ちるのでしょうか?

抗体治療の効果が落ちるというより、抗体治療を駆使してもステロイドが離脱できない場合が多いと言えるでしょう。私もあらゆる手を尽くしてきましたが、少量でも長期間ステロイドを服薬していた患者さんが離脱するのは非常に難しいです。そうなると、治療に難渋することが多いですね。

――セカンドオピニオンを言い出せない人が多いようですが、先生はどのようにお考えですか?

なかなか病状が改善せず、私自身も治療に難渋しているときや、治療方針に患者さんが納得していないような場合は、自ら「セカンドオピニオンを受けてみない?」と提案しています。セカンドオピニオンを受けた医師が私と同じような考えだとわかれば、患者さんも心から納得して戻ってきて、一緒に治療に突き進むことができます。

たまに、セカンドオピニオンの結果を自分の口から主治医に伝えなければならないと誤解している方もいるようですが、セカンドオピニオンを行った医師が自らの見解を紹介状の返事として書きますので、その点は心配ありません。ただし、事前に病状の詳しいデータが必要となりますので、それは主治医にお願いする必要があります。中には、患者さんがセカンドオピニオンを受けることに良い顔をしない医師もいるようですが、むしろ、セカンドオピニオンを受けて納得した方が、医師と患者、双方に良い結果をもたらすのです。ですから、患者さんも遠慮などせず、今の治療に納得できないと思ったら、すぐにセカンドオピニオンを申し出るようにしてください。

――妊娠を望む場合、あるいは妊娠に気付いた場合、どうすればよいのでしょうか。

新しい治療を始める、治療を変更するなどのタイミングで、医師の方から確認があると思います。患者さんの方から「妊娠しても、この薬は問題なく使えますか?」と、聞いてくることも多いですね。

妊娠がわかったからといって、勝手に薬を飲むのをやめてしまう人がいますが、安易な休薬は病気の悪化につながります。特に、最も大事な出産直前にお母さん自身が体調を崩しては困るので、主治医に早めに相談しましょう。

予定外の妊娠に気付いてしまった場合はあせらず、主治医に相談しましょう。添付文書に妊娠中は使わないように(ステラーラなど)書いてある薬もありますが、そのような薬を服用していた場合は、わかった時点で投与をやめます。また、出産後すぐに生ワクチンを接種するのもやめるようにして下さい。

――生物学的製剤の副作用で多いのはどのようなものですか?

感染症ですね。数は非常に少ないですが、まれに抗TNF-α製剤を使っていて、「結核」に感染していたというようなことがあります。かかった場合、重症化しやすいので、特に注意が必要です。JAK阻害剤では、帯状疱疹が多いです(3%程度)。発症した場合はすぐに治療を中止し、抗ウイルス薬を服用します。特に帯状疱疹は、患者さん自身が早期に気付きにくいということがあります。ですから、JAK阻害剤の治療を開始する前には必ず帯状疱疹について説明し、おかしいと思ったら、すぐに受診するようにお願いしています。帯状疱疹は「発疹」が出るイメージですが、その前の「神経痛」の段階で気付いた方が軽く済みます。そのような症状が出たら「もしかして…」と、まず疑ってみてください。

――トップダウン療法に関しては、まだまだいろいろな意見があるようですが、先生はどのようにお考えでしょうか?

伊藤 裕章 先生

「5-ASA製剤を使ってダメだったらすぐ生物学的製剤に移行する」というような、早い段階での切り替えが、最近当たり前になりつつあります。しかし、あまりに重症のクローン病患者さんに対しては、まず手術をしてから生物学的製剤を投与した方が、よく効く場合も多くあります。どんなに生物学的製剤が効くといっても、太刀打ちできないレベルの狭窄や、難治の肛門病変もあります。「生物学的製剤をやっておけば何とかなる」というような、過剰な期待を患者さんに抱かせるよりも、ときには前向きな手術の検討が必要と考えます。

――先生が注目するIBDの最新治療についてお聞かせください。

経口の低分子化合物は今後も進化を続け、新しいものが登場してくると思います。また、脂肪細胞からとった幹細胞を用いて、瘻孔を閉鎖するというような研究も行われています。肛門病変で機能不全が起こってストマになってしまう患者さんもいらっしゃるので、今後に期待したいですね。

IBDの根治療法はまだ見つかっていませんが、可能性のひとつに「骨髄移植」があるとされています。骨髄移植そのものにまだ死の危険がありますし、ドナーも足りないので簡単には行えませんが、アメリカなどでは、非常に難治のIBD患者さんに対して臨床研究が行われています。これはIBDに限らず、リウマチやループスなどの膠原病にも有効と考えられています。また、驚くことに「自家骨髄移植」でも治る疾患があると言われています。人間は生まれてからいろんな感染症あるいは侵入物と戦うたびに、リンパ球のレパートリーがつくられますが、そうした戦いが起こる原因を「環境因子」と言います。そこに遺伝的な素因が絡んでIBDを発症すると考えられています。そのステップを、もう1度最初からやり直すというのが「同種骨髄移植」です。生まれた頃から現在まで、再び全く同じ感染症に順番にかかるわけがないので、レパートリーも変わりますよね。最近では、「自家で大丈夫な疾患」「自家では難しい疾患」という治療の有効性も分けることができるようになってきました。将来的には、潰瘍性大腸炎とクローン病で、きれいに分かれるかもしれませんね。

最近一部で話題の「糞便移植」に関しては、現在までのところ、まだ検討段階です。潰瘍性大腸炎の活動期の寛解導入治療としてはメタ解析を見る限りは5分5分ですね。もともとディフィシル菌に対する治療(偽膜性腸炎)として始まったものなので、潰瘍性大腸炎に必ずしも有効とは言えません。なかには「乾燥死菌」を移植しても効いたという話もあり、現段階では糞便そのものを移植するべきなのかも断定されていません。また、移植の際に、別の病気が移植されてしまうというリスクもあります。

――最後に、「知ろう・伝えようIBD」を、先生はどのように活用されたいか、患者さんたちにどのように活用して欲しいかをお聞かせください。

確定診断されたばかりの患者さんや、病歴の浅い患者さんが、最初に不安に思うことが「IBDになって自分の人生はどうなってしまうのか?」ということではないでしょうか。進学、就職もあきらめなければならないのか…と目の前が真っ暗になってしまったときに、この冊子を手に取ってみてください。きっと気持ちが軽くなると思います。そして、「悩んでいるのはあなたひとりではない」というセンパイ患者さんたちからのメッセージを受け取ってください。治療に対しては、私たち医療者が全力でサポートします。あなたの大切な夢を叶えるために、前向きに歩んでいきましょう。

伊藤 裕章 先生
医療法人錦秀会 インフュージョンクリニック
伊藤 裕章 先生
大阪大学医学部卒業
大阪大学医学部内科学第3講座助手
米国スタンフォード大学免疫リウマチ学教室留学
大阪大学大学院分子病態内科学講座講師
大阪大学大学院消化器内科学講座講師
田附興風会医学研究所北野病院消化器センター部長
錦秀会インフュージョンクリニック院長

〈資格・所属学会〉
日本消化器病学会認定専門医
日本消化器内視鏡学会指導医
日本内科学会認定内科医
日本消化管学会胃腸科認定医
厚労省難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班研究協力者
米国消化器病学会会員
米国免疫学会会員

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